6人が本棚に入れています
本棚に追加
若者の五年と、人生の折り返しに突入した男の五年とでは、流れる時間の感覚に明らかな差が生じる。
ユリアの場合は、覚めても終わらない悪夢のような五年間を過ごしたに違いない。加えて、今なお彼女は、出口の見えない迷宮の只中に閉じ込められているのだ。
だけどユリアからは、無限に続く苦しみから逃れたいという意思は伝わってこない。むしろ自分から望んで、苦難と直面しているような気さえした。
それが、何かの罪滅ぼしになると思っているのなら、大きな間違いだというのに……。
とはいえ、彼女を襲った悲劇の全容を、医師は知らないし、彼女を保護するレガシィ教団からも聞かされてはいない。
ユリアとその想い人にまつわる事情は、理由あって秘匿され、深く立ち入ってはいけない雰囲気を教団は匂わせていた。
問題の根っことなる部分をうやむやにしておきながら、ユリアの心の療養を要求するとは、ずいぶんとごう慢な話もあったものだ。医師は内心あきれていた。
そのため、悲劇の全容を理解するには、ユリア本人の口から直接語らせるほかないのだ。
正確な情報が出揃ってようやく、医師は彼女の心の療養に着手できるのだから。
「ひとつ不可解なことがある。君はかつて教団を裏切った立場にあるのだろう? なら、なぜ教団は、まだ君を騎士として認めているのかね?」
「さあ……まだ利用価値があるんだろう……私は普通の人間じゃないからな……」
ユリアは乱暴に吐き捨てた。
それ以上の追及は、いまは止したほうが良さそうだ。
「仕事のほうは順調かね? レガシィ教団の騎士として、秩序の維持、テロリストの掃討、と毎日が忙しいんじゃないか? どうだね、仕事にやりがいは感じるのかね?」
「私は正義の味方になりたいんじゃない……。彼女の……リリィ様だけの騎士になりたかったんだ……」
ユリアは自嘲ぎみに鼻を鳴らした。
「けど、私は相応しくない……。彼女を守ると言いながら、私はなにをした? 彼女を殺したんだぞ!? あの方は、最期の瞬間まで笑っていて、私のことをずっと、ずっと……」
あふれ返った感情がのどに詰まって、声が出てこない。怒りに任せて叫びたくても、結局、心はくすぶったまま燃え尽きてしまい、無力感に襲われるだけだった。
「私は、生まれてくるべきじゃなかったんだ……」
そしてユリアは、再び殻に閉じ籠って声を発することはなくなった。
窓の外の雪も上がったようだった。
「今日はここまでにしよう」
医師が静かに告げた。
「だけど、良い兆しが見られた。実りのある時間だった」
最初のコメントを投稿しよう!