2人が本棚に入れています
本棚に追加
/11ページ
だからアドバイスを聞けっての。
~十二時二十七分~
何とかお目当ての定食屋に辿り着いた。葵が顔を上げる。そうして鼻をひくつかせた。
「おぉ、待望の飯だ」
むんっ、と気合いを入れて私から離れた。よろよろと入口の暖簾をくぐる。最後の力を振り絞っているとよくわかる。
お昼時にも関わらず待たずに席へ通された。平日様々ね。向かいに腰掛けメニューを眺める。
「私、蕎麦。大盛りで」
耳を疑う台詞が飛び込んできた。ちょっと、と慌てて止める。
「大盛りはやめなさい。胃は空っぽなだけで大きくなったわけじゃないんだから」
しかし葵は首を振った。今日は頑固ね。
「この空腹は尋常じゃない。それに私が大盛りを頼める貴重な機会だぞ。逃す手はない」
絶対に譲らないな、と確信する。普段、少食と言われているのを葵は意外と気にしている。だから大盛りを食べる様を写真に収めて記念にする気だ。
すみません、と店員さんを呼ぶ。
「このご当地蕎麦の冷やを、大盛りで」
葵は堂々と頼んだ。
「それをミニ丼セットにして下さい」
すぐに口を挟む。店員さんがいなくなった後、腹減ってないのか、と私の顔を覗き込んだ。
「恭子がミニ丼なんて珍しいじゃんか」
肩を竦めて答えに代える。これじゃ普段と反対だな、と相方は笑顔を浮かべた。
二十分後。
葵が箸を置いた。無言で蕎麦の盛られた器を見詰めている。まだ半分以上残っているわね。普通盛り分も食べていない気がする。とっくにミニ丼を食べ終えた私は、どうしたの、と声を掛けた。意地の悪さが滲まないよう気を付けながら。
此方へ上目遣いの視線を寄越した葵は。
「……お腹いっぱいになっちゃった」
わざとらしく溜め息を吐くと泣きそうな顔になる。
「どうしよう、腹一杯だ。だけど食べ物は残したくない。婆ちゃんにそう教わった」
どんだけ素直なのよ。それはともかく。
「しょうがないわね。私、いただくわ」
申し出ると、まさか、と目を丸くした。
「お前、こうなることを見越してミニ丼にしたのか?」
「そうよ。あんたへの理解度、深いでしょ」
ここぞとばかりに胸を張る。ま、私も母親から同じ教えを受けた覚えがあるしね。
「ありがとう恭子! 大好き!」
抱き着いてきた。まったく、一つくらいアドバイスを聞けっての。
最初のコメントを投稿しよう!