2人が本棚に入れています
本棚に追加
置いてきぼりにされても問題は無いけどやっぱり寂しい。
~九時三十四分~
もうじき次の駅に止まる、とアナウンスが流れた。ん、と葵がスマホから顔を上げる。画面にはトランプが表示されている。神経衰弱っぽいな。気を紛らわせるためだろうけど余計にくたびれそうね。
「次の駅でおにぎりでも買ってこようかな」
「そうね、そのくらいの時間はあるんじゃない?」
途端に此方を見遣る。
「本当にそんな時間、あるのか?」
「え?」
「もし買い物をしている間に新幹線が出発したらどうする」
「次の便の自由席に乗って追い掛けてきなさい」
「嫌だ。恭子と一緒がいい」
まったくもう、ところどころで可愛くなるんだから。
「大丈夫でしょ、おにぎりを買って戻ってくるくらいの時間はあるって」
しかし葵は腕を組んで首を傾げた。新幹線は減速を始める。考え込んでいる暇があったら準備をした方がいいと思う。やがて、わかった、と顔を上げた。
「次の駅で停車時間を計る。そして更に次の駅の見取り図を確認し、停車時間内に売店へ行き再び乗り込めるか考えてみる」
随分慎重だ。どれだけ私と離れたくないのよ。今度はこっちが溜め息を吐く。
「じゃあ次の駅で一旦一緒に降りる? そして二人で次の便に乗りましょう。ゆっくり買い物が出来るし、はぐれなくて済むわ」
嬉しい言葉を掛けられたから、お礼の気持ちも込めて提案してみる。だけど、いや、と葵は手の平を向けた。
「恭子に悪い。そもそも私の寝坊が原因だ、自業自得なのに付き合わせられない。それに指定席代の差額が惜しい。次の自由席が空いているとは限らないし」
「私はいいのに」
「私が良くない。あ、もう止まるな。時間を計らないと」
もっと甘えてもいいのに。そんな私の内面など露知らず、スマホのストップウォッチ機能を起動して構えた。静かに新幹線が止まる。扉が開くと同時に計測を始めた。真剣に画面を見詰めている。程無くして扉の閉まる音が聞こえた。再び発車、と。駄目だぁ、と葵は天を仰いだ。
「一分十三秒しか止まらねぇ。危険な博打だ、これなら目的地まで我慢するわ」
「降りてもいいってば」
だけど頑なに首を縦に振らない。行ける、と言い切ると同時にお腹の虫が鳴いた。説得力に欠けるわね。
最初のコメントを投稿しよう!