何もかも背負わされても数歩なら案外歩ける。

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何もかも背負わされても数歩なら案外歩ける。

~十二時八分~  顔の前に掲げられた私のスマホを葵は虚ろな目で眺めている。表示されているのは目的地の駅で食べられるご当地グルメのお店をまとめたサイトだ。あぁ、と消え入りそうな声を漏らした。 「定食屋、いいなぁ。名物の、丼も、蕎麦も、あるじゃないか」  死ぬ前に食べたかったなぁ、とでも続けそうなテンションだ。 「何がいい。何を食べよう」 「煮込みうどんかおじやにしなさい」 「ご当地、関係ねぇじゃんか」  胃への優しさを優先するべきだと思う。  アナウンスが車内に響いた。あと五分で到着する、とのこと。スマホの充電器や物入れに仕舞っていたポーチを纏める。 「やっぱ蕎麦かな」 「鞄、取りたいんだけど」  その言葉にも反応しない。しょうがないので伸ばされた足を跨ぎ荷物を下ろす。葵の鞄を本人の膝に乗せると、ありがとう、とようやく此方を向いた。  新幹線が速度を落とし始める。降車の準備をする傍らで葵も立ち上がった。背もたれに掴まらないと体を支えきれないらしい。まったくもう。  やがて完全に停車した。自分と葵の鞄を肩に掛け、反対の腕で葵を支える。 「すまん」 「一杯奢りね!」  そうしてえっちらおっちらホームに降り立った。 「駅名標、撮って!」  耳元で叫ぶと震えながらスマホで写真に収めた。よし、あとは定食屋へ向かうだけ!  改札階へ降り、窓口で切符を持ち帰れるよう穴を開けて貰う。大丈夫ですかと駅員さんは目を丸くした。 「足が痺れただけなので」  苦しい言い訳だと我ながら思う。当の本人は黙ったまま。私の負担ばっかり大きいな!
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