早寝の結果、寝坊をする。

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早寝の結果、寝坊をする。

~八時五十三分~  スマホで時間を確認する。午前八時五十三分。新幹線の発車まであと五分。一緒に旅行へ行くはずの葵はまだ現れない。もし間に合わなかったら私だけでも乗るよう言われているけど一人で旅先へ向かってもつまらない。二十分後に出る次の便の自由席へ一緒に乗ればいい。だから焦ってはいない。ただ、折角払った指摘席の料金分が無駄になるのもちょっと惜しい。バイト代で考えれば一時間働く程度の差額だけど、損には変わりないもの。  そんなことを考えている内に残り三分となった。着信もメッセージも来ない。連絡をする余裕も無いのだろう。そう思っていると。 「わりぃ、遅くなった」  後ろから肩を叩かれた。振り向くと相方が荒い息を吐いていた。 「良かった、間に合ったのね」 「ギリギリセーフ。さあ、乗ろう」  並んで新幹線に乗り込む。良かった、と胸を撫で下ろした。 「すまんな、待たせちまって」 「別にいいけどそわそわしちゃった」 「そいつは失礼」 「いいってば」  そんな会話を交わしながら通路を進む。お客さんはまばらだ。なにせ九月の火曜日だもの、人なんていない。 「空いてんなぁ。大学生特権、フル活用だぜ」  葵も同じように感じたらしい。 「折角の夏休み、有効活用しなくっちゃ」  席へ着き荷物を棚に乗せる。鞄を持ち上げた葵の手が震えていたので黙って支えた。ありがとう、とお礼を言われる。こういうところに性格が出るのよね。 「恭子、窓際に座れよ」 「あら、いいの?」 「風景を眺めるの、好きだろ」 「ありがと。じゃあ遠慮なく」  座るのとほぼ同時に新幹線が発車した。やれやれ、と葵は浅く腰掛ける。 「しかし寝坊するとはなぁ。ぬかったぜ」 「昨夜は遅かったの?」 「八時に寝た」 「むしろよく寝坊出来たわね」 「とっとと寝ようと大分酒を飲んだからな」 「本末転倒じゃないの。しかもそんなに早く寝る必要、あった?」 「恭子との旅行を万全の体調で楽しみたいからな」  率直な言葉に口籠る。葵は切符を目の高さに掲げた。十二時十四分着か、と呟く。 「三時間ちょいね、まあまあかかるな」 「妥当な時間でしょ」  それはそうだが、と言いつつ何やら身じろぎをしている。トイレにでも行きたいのかしら。いや、催しているのは私だ。ちょっと失礼、と葵を避けて通路へ出た。行ってらっしゃい、と声を掛けられる。察しが良いわね。
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