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【2】お腹を刺されて死んだかも
そもそも、どうしてあたしはこんなところにいるのか。
目が覚める前、確かあたしは大学のサークル入部案内のチラシを見つけて、サークル棟に足を運んだはず。そこで部員たちに言われるがまま、【ラビリンス】にログインしようとして、そして……。
「……お腹っ!」
部員の誰かに、お腹を刺された。
思い出してすぐ、あたしは腹部を触ってみる。……けど、痛くない。というか、傷跡すらない。これはいったい、どういうことだろうか?
もしかして……あたし、既に死んでる?
刺されて、あんなに呆気なく……?
……いやいやいや、冷静に考えよう。
仮に死んでしまったとして、だとすればここはどこになるのか。
あの世?
死ぬ直前に【ラビリンス】にログインしたから、その影響で【ラビリンス】の世界に入り込んだと勘違いしているとか?
「ねえ、アン姉? わたしたち、いつまでここにいるのかな……」
とここで、ドゥが小声でアンに問いかける。
牢の中ということもあって、不安なのだろう。分かる、分かるよその気持ち。あたしも全く同じ意見だもん。
まあ、あたしの場合は、それ以外に不安な点が多すぎるのが難点だけど。
「なあに、心配無用だ」
すると、アンが口を開く。未だ混乱状態のあたしと、不安気なドゥを、二人まとめて優しく抱き寄せた。
「私に任せとけ。こんなボロッちいとこなんて、すぐに脱獄してやるからさ」
脱獄……ですか。
確かに鉄格子の造りは簡易的ではあるけど、逃げ道は一つしかなさそうだし、そこには監守が居るから、脱獄なんて到底不可能だと思う。
「あの、脱獄は無理なんじゃ……」
だから一応、それとなく意見してみる。
もし、脱獄に失敗してしまったら、いったいどんな罰を受けることになるのやら。想像するのも恐ろしいからね。
「ああ? 私たち三人に無理なんて言葉はねえよ。たとえば……ほら、孤児院を抜け出したときのことを思い出してみろよ」
「うんうん……あのときも大変だったけど、三人で力を合わせて外に出たのよね」
アンに言われて、ドゥが肯定するように頷く。この牢に入る前、孤児院を抜け出したこともあるらしい。
でも、その言い方から察するに、それってあたしも一緒にやったってことだよね?
この三姉妹、意外とワルなのかも……。
「そうそう、あのときみたいに間抜けな奴らの隙を突けばいいんだよ」
というか、そもそもどうして、あたしたちは孤児院を抜け出して牢屋送りになってしまったのだろうか。
あたしはあたしで、トロア本人ではないから、二人と一緒に居たときに何をしたのかサッパリで、全く記憶にない。
「捕まった原因って……何でしたっけ?」
「ん? ……トロア、やっぱり記憶が曖昧っぽいな」
生きていくためには、情報が必要不可欠だ。
たとえ怪しまれることになったとしても、聞いてみないことには何も分からないし、前に進むこともままならない。
「すみません。まだ頭がガンガンしてて……」
倒れた拍子に頭をぶつけた、とドゥが言っていた。
その記憶自体もあたしには全くないわけだけど、それを利用させてもらうことにした。
「スリだよ。路上でスリして捕まったんだ」
「……す、スリ、ですか」
詳しく話を聞いてみると、あたしたちが孤児院に居たとき、ろくに食事をとることもできず、孤児の中でも格差が酷かったらしい。
そんな生活に嫌気が差した三姉妹は、孤児院を抜け出して冒険者になろうとしたけど、武器は持っていないし魔法の勉強もしてこなかったから、魔物と戦うことなんてできるはずもなく……。
結局、手っ取り早く稼ぐために、スリをしながら路上生活を続けていたとのことだ。
「路上生活を、あたしが……」
想像してみて、ゾッとする。
この世界の治安がどうなのか定かではないけど、よく今まで生きていくことができたものだ。
いや、治安はいい方なのかも。
だって、スリをして生活していたあたしたち三姉妹が、しっかり捕まっているわけだし。
「……おい、この音」
「ええ、誰か来るわ」
ここまでの経緯を聞いていると、二人がボソッと声を上げる。
確かに、階段を降りるような音が牢に響いている。監守以外の誰かが牢の様子でも見に来たのか、それとも新たな罪人が連行されてきたのだろうか……。
「……あ」
牢に姿を現したのは、すごく……凄く綺麗な、容姿端麗な女性だった。
その女性が何者なのか、あたしはすぐに気が付いた。
「これはこれは、レミーゼ様! このような薄汚い場所へ、いつもご足労下さり恐悦至極でございます!」
答え合わせをしますと言わんばかりに、監守が姿勢を正し、敬礼しながら声を上げる。
レミーゼ……正式名称、レミーゼ・ローテルハルク。
あたしは、その名を知っている。
それは【ラビリンス】に登場するノンプレイヤーキャラクターの一人で、アルバータ・ローテルハルク公爵の一人娘で間違いない。
そして彼女は、【ラビリンス】における最初の壁――ボスキャラの一人だ……。
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