眠れぬ夜の処方箋

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頭の中で、百匹目の羊が柵を飛び越えた。 青々とした芝生で規則的にぴょんぴょんしていたはずが、なぜかトランポリンが現れてアクロバティックな大ジャンプをし始める。 眠れない時に羊を数えれば、眠りにつきやすくなるのではなかっただろうか。衰え知らずのジャンプを見せる脳内の映像を断ち切るために、そっと閉じていた瞼を勢いよく開けた。 チッ チッ チッ チッ 一人暮らしのせいか、それとも、夜で周りが静かなせいなのか。今度は秒針の音がやたらと響いて耳が音を追いかけてしまう。 別に、日中に興奮するような出来事があったわけでもなく、寝る前にカフェインを摂取したわけでもない。いつも通りに仕事をこなして、真っ直ぐ帰宅して、ご飯を食べて。適当にごろごろしたら、お風呂に入って。 変わったことと言えば、二ヶ月前までは恋人がいたということくらいだ。一応言っておくが、振られたわけではない。 さっさと見切りをつけるべきだったのに時間だけがいたずらに過ぎていって、向こうから切り出しそうな空気も感じられなかったから、私が言った。 ただ、それだけのこと。 はちみつ入りのホットミルクでも飲もうかと思い、長い前髪をかき上げるとベッドからのそりと這いずり出た。冬のひんやりとした空気が一瞬で肌を撫でていって、きゅっと身を縮こませる。カーディガンを慌てて引っ掛けると、爪先立ちで小走りにキッチンへと移動した。
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