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〆
その日黒岩捜査第一課長は、丸一日警視庁本部で山のような資料に目を通していた。
黒岩は国内トップの大学を主席で卒業した、いわゆるキャリア組である。にもかかわらず現場に足を運び自ら陣頭指揮をとり、叩き上げが就く捜査一課長に異例な抜擢をされた変人である。
大学時代すでに司法試験に一発合格していたにもかかわらず、警察官僚の道を選んだ時点で名を馳せていたような人物だ。何から何まで、謎に包まれている。
180を優に超える高身長、高学歴、挙句顔も見事に整っている超優良物件だが、整い過ぎた顔立ちが時折見せる笑顔は死神に見えると恐れられ、40になろうという今も浮いた噂のひとつもされない。
そんな黒岩が、今手にしているのは『桃源郷・さんや』の資料と茅鳥医師の履歴書だった。
そんな時軽妙にトントンと課長室のドアがノックされ、運転担当も兼ねる秘書官の秋山巡査長が警察礼式のお手本のような敬礼をして入室してくる。
黒岩は、いつものように美しい答礼を返すと、公用車で出かける準備を流れるように行なって直ぐに席を立った。
黒岩はあらゆる知識を持ち活用出来る男だが、相手には気持ち良いほど求めない。なので意外と帳場に顔を出しても煙たがられないばかりか、スムーズに運営されると評判が良い。
凶悪事件の検挙率は高くて当たり前のこの時代。いかにスピーディーに検挙出来るかに、無駄を好まぬ黒岩の采配が光る。
実際目をかけてもらっている秋山は、地方勤務からそばでその動きを追ってきたが自分にはとても無理だと思うのであった。
決して取っ付きやすい人柄とはいえない黒岩だが、絶妙な距離感で政財界にも太いパイプがあるようだ。何とも底が知れない。
秋山は誠実で実直な努力家なだけでなく、こうした危険ゾーンに決して触れない動物的感覚に長けていた。
それが何よりも、黒岩の信頼を得ていることを秋山は自覚してはいなかった。
今日のような比較的余裕がある日でも、秋山が官舎に黒岩課長を送り届けたのは夜9時を回っていた。会食もなかったようだが、独身の黒岩が自分で食事を作る姿は想像できない。
秋山などは空いた時間にさっさと食事を済ませておくのだが、颯爽とした黒岩の後ろ姿を見送りながらどんな私生活も想像できず、それが益々羨望へと姿をかえるのであった。
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