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〆
年齢不詳の老医師茅鳥は、マニアックなぬいぐるみコレクターだった。
入居者の家族にもそれが知れ渡っているので、認知症でぬいぐるみに見向きもしない入居者の為ではなく、茅鳥用にわざわざ部屋に沢山置いて行く。
入居者の方も、茅鳥が気に入って狙っていると感じると普段見向きもしないのに、取られないように必死になり、今日のような攻防が日常的に見られるのだ。
認知症でも人間の本能とは、素晴らしい。
とはいえ大概、茅鳥が勝つ。
満足そうに、奪い取って行く。
そうして、茅鳥の古びた軽自動車はパンパンに増えてゆくぬいぐるみで、似合わぬファンシーさを加速させていく。
その上いつも助手席には特別なキララちゃんの巨大なぬいぐるみがシートベルトを締めて鎮座しているので、孫ほどに歳下でティンカーベルのような可愛い秘書の看護師咲耶が愛をどれだけ注いでも、移動は咲耶のフィアットで彼女が運転せざるを得ない。悔しさで愛車の床にピンヒールの穴が増えていくばかりでも、咲耶は茅鳥に惚れ込んでいるので仕方がない。
「茅鳥先生!ほらほら、もう往診の時間ですから、行きますよ!」
「煙草休憩くらい無いのか⁈」
「ありませ〜ん!それに煙草は毒ですってば」
毎回注意する咲耶なのだが、茅鳥の煙草の吸い方は何とも粋なので実はその姿が好きだと公言している。
妖怪爺さんが、しけもくを黙々吸っている姿の何処がいいんだと他のスタッフは思っているが、紳士茅鳥は隠れファンが多いのも事実である。
咲耶が目を光らせているので、手出しする命知らずは今のところいないが。
頭脳明晰、腕がたつ、本当は優しい男の中の男というのがもっぱらの茅鳥の評価ではあった。世界的企業の『桃源郷グループ』傘下の病院を束ねているのも、この茅鳥だと言われている。
数年前にニューヨークから日本に派遣されてから、すぐに頭角を現しているのが何よりの証だ。
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