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「これって、いったい!」
会社で仕事中の茜音の写真があるが、それだけじゃない。
会社帰りに駅に向かって歩く姿、レストランや飲み屋で友達と楽しげに笑う様子、さらに休日に街でショッピングしている写真なんかもあった。どれも巧妙に遠くから盗撮されたものだ。
「河西さんは、撮られていることに気づかなかったと」
「も、もちろんです! なんで裏原さんがこんなことを!」
呆然とする茜音の手から高山は写真を取ると、極めて事務的にそれをバッグにしまった。それはまるで集金に訪れた銀行員のように手際よく。
「裏原さんは河西さんに、ストーカー行為を働いていたようですね。だが、河西さんには被害を受けた覚えがないのでしょうか」
「はい……」
「電話がかかってきたり、メールなどが送られてきたことは? 自宅近くで姿を見かけたことは?」
「ありません」
「それは妙だ」
高山は静かにそう言う。表情は殆ど変わらないが、僅かに眉間に皺を寄せていた。
「ストーカーは一般的に、相手に自分の存在を認められたいと考えます。行き過ぎた行動を取ることによって、自分の歪んだ愛情を押し付けにかかる。そういった攻撃的な性質を持つものなんですよ。夏頃に撮られた写真もあるから、少なくとも裏原さんは半年以上、河西さんに付きまとっていたことになります。だが、河西さんは裏原さんの行為に全く気づかなかった。そんなことってありますかね」
「でも……付きまとわれてたなんて、今知ったんです」
それは本当のことだ。裏原が自分にストーカー行為を働いているなんて、これっぽっちも思わなかった。いや、裏原はわかるようにアプローチし続けていたのかもしれない。それに感じ取れなかったのは自分が鈍感だから? さすがにそんなことはありえない。
どちらかと言えば神経質で、常に周りに注意を払うタイプだと自認している。周りにおかしな行動を取る者がいれば、すぐに気づいていただろう。
「ところで河西さんの、昨夜送別会が終わったあとの行動を教えて頂けますか?」
「それって、どういう意味ですか? まさか私が本当は裏原さんのストーカー行為に悩まされていて、思い余って殺してしまった。そう疑っているのですか?」
「いえ。ただの確認ですよ。警察の捜査の殆どは、多くの関係者から確認を取ることなんです」
高山はにべもなくそう答えるが、茜音は信じることができなかった。
私は疑われている。だけどアリバイはある。染谷とホテルへ行ったからだ。でも、それは理央の耳には絶対に入れたくない秘密だった。いくら刑事とは言え、高山のことは信用できない。告白してしまったら最後、どんな形で漏れてしまうかわかったものじゃない。手のひらに盛られた砂が指の隙間から、さらさらと溢れ落ちるように秘密は解き放たれてしまうだろう。
「……送別会が終わったあとは、そのまま家に帰りました」
「交通手段は何を」
「深夜でバスがなくなっていたので……」
「タクシーですか?」
はい、と言おうとして考え直す。高山はタクシー会社にも「確認を取る」に違いない。
「いえ、歩きました。歩いても帰れる距離だから」
「あんな大雪で、歩くのは大変だったでしょう」
「でも、なんとか歩いて帰ったんです」
「なるほど。途中で誰かに会ったり、コンビニに寄ったりとかは?」
「いいえ。まっすぐ家に帰って、疲れていたのですぐに寝ました。もう、このくらいでいいですか?」
つい苛立ったようにそう答えてしまう茜音を、高山はじっと見つめていた。いや、見つめていたのは口から出た嘘かもしれない。
「……わかりました。お時間を頂いて有難うございます」
その言葉にやっと解放される。茜音はそれ以上なにも言わずにドアを開けると車から降りた。
足元にはまだ昨日降った雪が積もっていて滑りそうになる。だけど今は、足早にその場を立ち去りたかった。
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