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「あかねちゃん、一緒に帰ろうよ!」  教室でランドセルを背負いながら振り返ると、ふたりの女の子が待ち遠しげに足を踏み鳴らしながら立っていた。 「うん、いいよ! 今日はどこで寄り道しよっか」  ゆいちゃんと、みくちゃん。ふたりとも小学校に入ってから6年生になるまでずっと同じクラスで、とっても仲良しだ。  家が近いこともあり、学校が終わってから3人でお話ししながら歩いて帰るのが、毎日の楽しみだった。  ときには通学路を外れて、小さなスーパーでお菓子を買ったり、お寺の境内で遊んだりもする。  「海に行かない?」  そうゆいちゃんに言われて、あかねはどきっとする。 「海は……だめだよ。先生から行くなって言われてるし」 「だいじょうぶだよ。砂浜で綺麗な貝がらを探すだけだから。昨日お姉ちゃんから聞いたんだ。貝がらを糸で結んでネックレスを作る方法。すっごくかわいいの出来るんだって!」 「でも……」 「海に入るわけじゃないし、ぜんぜん危なくないよ。ねえ、あかねちゃんも行こうよ」  みくちゃんも目をきらきらさせている。 「ねえ、私も貝がらのネックレス作りたい! 誰が一番きれいな貝がらを見つけられるか競争しよう!」  あの事件以来、学校は子供だけで海に行くことを強く禁じていた。なにより、あかねは昔あれほど好きだった海が、今ではとっても恐ろしかった。  でも、ゆいちゃんとみくちゃんの誘いを断ったら、仲間はずれにされるかもしれない。それだけは絶対に嫌だ。  海から離れた場所で、貝がらを探すだけなら。それくらいなら、できるかもしれない。 「わかった。じゃあ、行こっか」  学校を出ると目の前には駿河の海が広がっている。夏の強い日差しが水面(みなも)に無数の輝く宝石を生み出していた。  道路を渡って堤防の階段を降り、砂浜に足を踏み入れる。  その途端、あかねは強い眩暈に襲われた。心臓がどきどきして息が荒くなる。海がぐにゃりと曲がったような気がする。 「どうしたの、あかねちゃん?」  ゆいちゃんが、不思議そうにあかねの顔を覗き込む。 「気分でも悪いの?」 「……ううん、だいじょうぶ」  海から目を逸らして足元の砂を見つめた。そうすると、少しは気分が楽になったような気がする。 「じゃあ、さっそく手分けして綺麗な貝がら、見つけよう!」  みくちゃんは、やる気まんまんだ。いきなり遠くへ駆けていくと腰を下ろし、懸命に砂をかき分けて貝がらを探し始めた。  ゆいちゃんも、「みくちゃんには絶対負けない!」と言って、足元をじっと見つめながら歩いていく。  ひとり取り残されたあかねは、その場に座り込んだ。穏やかな波の音が間近で聞こえてくるが、それさえも心を落ち着かなくさせた。  それから30分ほど、ゆいちゃんとみくちゃんが戻ってくるまで、あかねはひとり耳を塞いでじっとしていた。 「いっぱい見つけたよ!」 「わたしも!」  満足そうなふたりの手には、色とりどりの貝がらがたくさん輝いていた。 「あかねちゃんは、見つけた?」 「……ううん、全く」 「じゃあ、これ。あかねちゃんにあげる」  ゆいちゃんが差し出したのは、青く輝く貝がらだった。とってもきれいで思わず魅入ってしまう。 「いいの?」 「うん。他にもいっぱい見つけたし。今日は大漁じゃわい!」  その言い方にみくちゃんが笑い、釣られてやっとあかねも笑みがこぼれた。 「あ、これ。おじいちゃんの口癖だから」 「そうか。ゆいちゃんのおじいさんて漁師だったよね。でも、じゃわいって」 「これでいいんじゃ、じゃわい!」  三人で、じゃわいじゃわいと言いながら笑い合う。 「そろそろ、帰ろっか」  あかねは立ちあがろうとして、なぜかランドセルがとっても重いことに気がついた。「あれ、どうしたんだろう」と言いながらランドセルを肩から下ろし、開けてみる。  そのとたん、思わずランドセルを放り投げた。ランドセルから、大きな黒い石がごろりと転がり出る。  いつの間に、こんなものが……。  それはとても忌まわしいなにかだ。だが、どうしてもそれがなんだか思い出せない。あかねはパニックになっていた。  黒い石を、ゆいちゃんとみくちゃんはどこかぼんやりと見つめている。それは何かに取り憑かれたように。  そのまま永遠のように止まった長い時を経て、ゆいちゃんはゆっくりとあかねにおぼろげな目を向けた。 「どうしたの? 早く帰ろうよ、ミチルちゃん」
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