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 混雑したバスの吊り革に捕まりながら、茜音は震えを抑えることができなかった。  幽霊の裏原と別れた後になって恐ろしさが急に込み上げてきたせいもあるが、それよりも裏原から聞いたミチルの話がより心を凍えさせた。  ミチルは裏原に取り憑いていた。  ミチルの目的は復讐だと裏原は言う。復讐なんかされる覚えは全く思い当たらないが、半年もの時間をかけて裏原を操り自分を密かに調べ上げていた執念深さを考えるとその怒りは相当なもので、入念に計画を練っているように感じられる。  そして、あの送別会の夜に、裏原から別の人間に乗り移った。それは、営業管理部の部員に違いないが、誰だかはわからない。ミチルは新たに憑依した誰かを使って、茜音に対していったい何を仕掛けるつもりなのか。  まずは、ミチルに憑依された人物を見つけることが先決だ。    ふと頭に思い浮かんだのは、理央だ。あの言動は、明らかに狂っている。しかも急変したのは、この数日のことだ。  もしかしてミチルは理央に憑依した?____だが茜音は、すぐにその可能性を打ち消す。    理央は裏原の送別会に参加していなかった。それに、理央がミチルに憑依されたのであれば、自分じゃなく無関係の有川を刺した理由がわからない。理央は、染谷の浮気によって狂ってしまったとしか思えなかった。その染谷も、恐ろしいことに既に理央によって殺されてしまった可能性が高い。  染谷のことを考えると心が痛んだ。どうしてあの夜、記憶を失って染谷と寝てしまったんだろう。あんなことがなければ、理央がおかしくなることもなかっただろうに。  考えてみれば、理央とミチルはどこか似ていた。理央は衝動的に行動を起こし、ミチルはじっくりと何かを企てようとする違いこそあれど、それぞれ復讐という目的を持っている点は共通している。サイコパスと幽霊と。そのターゲットがいずれも自分であることに、茜音は改めて強い恐怖に囚われた。  バス停で降りたのは、茜音だけだった。  通りに人の姿はなく、バスが走り去ると途端に心細くなる。限界なほどに、気持ちが冷え切っていた。  急いでアパートに帰ろう、そう思って歩き出そうとしたその時。  後ろから肩を叩かれた。  思わず悲鳴をあげて、駆け出そうとする。だが、突然のことに足がついてこない。もつれてしまう。  転ぶ……そう思った瞬間、何者かが茜音の腕をがっしりと掴んだ。 「大丈夫だよ。僕だから」  それは葉月だった。葉月は、頭から転倒する寸前だった茜音のからだを、ひょいと持ち上げる。 「葉月くん……ど、どうして?」 「夜道はぶっそうだから、ここで茜音を待ってたのだが」 「待ってたって、どのくらい? こんなに遅くなったのに」 「うーむ。バス12本分ほどであろうか。まあ、茜音が気にすることじゃない」  茜音は思わず葉月に抱きついた。いつしか大粒の涙が葉月のセーターを濡らしていた。
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