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◇  アパートに戻ると、香ばしくも食欲をそそる香りが部屋じゅうに漂っていた。 「一度、うちに来てたの?」 「うむ。ここへ来るときに中華料理屋の前を通ったら、急に回鍋肉(ホイコーロー)が食べたくなった。だからスーパーで食材を調達し、作ってみたんだ。茜音、腹は減ってるか?」 「うん」 「じゃあ温め直すから、少し待ってくれ」  葉月はすっかり冷めてしまったフライパンに、火を入れる。  茜音がリビングで部屋着に着替えていると、腕組みをしながら湯気が立ち上るフライパンに盛られた回鍋肉をじっと見つめていた葉月が思い出したように言う。 「そう言えば、刑事の高山が訪ねてきた。体内時計によれば、19時13分のことだ」 「ああ、すっかり忘れてた。その刑事に電話するよう伝えていたんだけど、それどころじゃなくて」 「どこか様子がおかしかったな」 「どんなふうに?」 「切羽詰まったように、河西さんはどこにいる、いつ帰ってくるんだ、と怒鳴り散らしていたぞ」  前に会った時は極めて冷静な尋問口調だったから、高山のそんな態度は意外だった。  裏原に続いて有川の事件も起きたから、警察署内も混迷を極めているのかもしれない。 「お前は誰だ、と聞かれたから、『我輩は茜音の飼い猫である。にゃあ』と答えてやった。そうしたら憮然とした顔で帰っていった」 「葉月くんも、冗談言うんだ」  ふだん無愛想な葉月が、高山に向かって「にゃあ」と言う光景を想像すると、なんだか可笑しくなって緊張していた心がほぐれる。  出来上がった回鍋肉とご飯をリビングのテーブルに並べると、葉月と向かい合いながらカーペットに座り込んで、さっそく箸を付けた。 「うん、おいしい!」 「なかなか良くできたのでは、あるまいか」 「そう言えば、今日。幽霊と話したの」 「ほう、それは興味深い。極めて非科学的ではあるが」  茜音は今日起きた出来事を、すっかり葉月に話した。葉月に話を聞いてもらうだけで、あれほど混乱していた感情が落ち着きを取り戻していく。見た目は全く頼もしそうには見えないが、それは茜音だけがよく知る葉月の温和な人柄のおかげと言ってもいいだろう。  黙って聞いていた葉月は、箸を置くと眼鏡のフレームを指で持ち上げ、腕組みをした。 「いくつか謎がある」 「どんな?」 「ひとつは、ミチルがなぜ最初に裏原に取り憑いたか、ってことだ。普通に考えて茜音に復讐するのなら、最初から茜音に取り憑いたほうが理にかなっている。百歩譲って茜音の身辺調査をしたいのであれば、親しい友人に取り憑いたほうが手取り早いだろう。ほぼ茜音と接点のない裏原を選ぶ理由がわからない」 「確かに……」 「さらに言えばどこで裏原に接触したのか、という謎も残る。ミチルは沼津で死んだんだろう。よもや幽霊が電車に乗って上京するわけでもあるまい」 「幽霊って、どこでも好きな場所に行き来できるのかも」 「なるほど。それだけは死んでからでないとわからんな。それからもうひとつの謎。理央はどうしてミチルを知っていたのか」  言われてはっとした。あまりに色々なことが起きすぎて、そのことをすっかり失念していた。葉月と話していると、もやもやした頭のなかが整理されていく気がする。
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