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「可能性のひとつは、生前に裏原が理央に話していたということだ。だが、そうする理由がどこにも見当たらない。裏原と理央が友人関係にあったとも思えないしな。とすれば、ミチルに憑依された別の誰かから聞いた可能性が高い。つまり理央に一番近しい人物と言えば……」 「待って。染谷は違うと思う。だって……」  そう。あの晩茜音は染谷と寝てしまった。染谷は至っていつものちょっと間抜けな染谷で、しきりに理央のことを気にしており、ミチルに憑依されていたような気配は一切見受けられなかった。 「なぜ茜音は染谷ではないと思う? 理央に一番近いのは夫である染谷なのに。考えると、どうにも辻褄が合わない点もある。裏原は夜空の満月を見上げた途端にミチルの魂が抜けて記憶を失ったと言う。だが染谷の話だと、茜音は裏原とブルームーンの話で揉めていた。どうしてかような齟齬が生まれるのか。誰かが嘘をついているとしか思えない。ついでに言うと、茜音は染谷からいつ、その話を聞いたのであろうか」  それはおそらく純粋な疑問だったのだろう。だけどもう、あのことを葉月に黙っているわけにはいかない。茜音は覚悟を決めた。   「……葉月くん、ごめんなさい。実は私、記憶を失って……染谷と寝てしまったの」  葉月はしばらくの間、きょとんとした顔で茜音の顔を見つめていた。  長い沈黙が部屋を支配したのち、葉月はぼさぼさの頭をぼりぼりと掻くと、「なるほど。それで合点がいく」と呟く。  すっと立ち上がると廊下へと向かい、何も言わずにドアを開けて出て行った。  とたんに重力を伴う重い静寂に包まれた部屋で、茜音は猛烈な喪失感に襲われる。あれだけ自分のことを想っていてくれた葉月を裏切ってしまったんだ。おそらく、葉月とはこれっきりだろう。そう思うと自然と涙が溢れ落ちた。  だが、10分後。  葉月は戻ってきた。はあはあと息を切らせながら。  そうして呆然とする茜音の前に座ると、ペットボトルの水をぐびぐびと飲み干した。 「走ってきた」 「えっ?」 「有酸素運動を行うと、エンドルフィンが分泌される。エンドルフィンは痛みの感覚を鈍らせる効果が期待できる。この場合は心の痛みであるが、確かに鎮痛作用はあるようだ。一時的なものかもしれないが、今時点では、すっきりした、と言える」 「葉月くん……本当に、ごめんね……」 「まあ、その話はあとにしよう。今は片付ける問題が山積みだからな。そう言えば、走りながらひとつ気づいた点がある」 「どんなこと?」 「理央はミチルの話を持ち出した際に、『それが表に出たら、とんでもないことが起きる』 そう言ったんだな」 「うん。でも、私が過去にミチルと呼ばれていたことが、それほど重大な問題とは到底思えないけれど」 「それは、茜音が意味を取り違えているのかもしれない」 「えっ?」 「表に出るというそれが、ミチルそのものを指すと考えたらどうだろうか」
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