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 きっかり朝9時に送信されたそのメールは、茜音の勤める西東京支店の社員全員が宛先となっており、業務開始直後の社内を混乱に陥れるに十分衝撃的な内容だった。なお、送信者は海外のフリーメールアドレスを使用しており、誰が送ったかは不明だ。 件名:河西あかね社員の真実 本文:  営業管理部所属である河西あかね社員の恥ずべき行為について、その真実をここに告発する。  河西あかねは28歳の独身であるが、同じ部に所属する既婚者の染谷隆弘と不倫関係にある。  入社当時より、あかねは隆弘とセックスフレンドの仲であったが、一年前、隆弘が現総務部の理央と交際を始め、先月結婚してからもその関係は続いていた。隆弘は関係を解消したがっていたが、あかねから全てを理央にバラすと脅され、やむを得なくあかねに従わざるを得ない状況だった。河西あかねが魔性の悪女であることに疑いの余地はない。  証拠として写真を添付する。 ◇  メールを見た瞬間、息が止まり、心臓が凍りついた。  オフィスフロアはざわめき、あちこちから社員の「なんだこれ」「まじかよ……」という声が漏れ聞こえてくる。それは朝の空気が突然、灰色に澱んだ毒ガスに包まれたみたいだった。  茜音は震える手で、メールに添付された3枚の写真ファイルを開く。  1枚目は、井の頭公園で撮られた写真で、染谷と茜音が並んで歩く様子を望遠で捉えていた。茜音は染谷の腕に絡みつくように密着していて、ホンモノの恋人どうしのように見える。  2枚目は、茜音のアパートの部屋の前。おそらく廊下の突き当たりにある非常階段から隠し撮りされたものであろう。茜音が染谷の手を強引に引っ張って、部屋のなかへ連れ込もうとするかのような瞬間が捉えられている。  そして3枚目は、ふたりの関係を決定づける代物だった。  ホテルのベッドで、素っ裸で仰向けに寝転がっている茜音と染谷。それを茜音が手を伸ばして上から自撮りしたものだ。  どの写真もまるで身に覚えがない。だが、ハダカの写真は確かに自分のからだに間違いなかった。これを今、支店にいる殆どの社員が見ているに違いない。 「どういうこと……」  パソコンの画面を見つめたまま、思わず声が漏れ出てしまう。そんな茜音を周囲の社員は好奇に満ちた、またどこか蔑むような目でちらちらと見つめていた。その視線を痛いほど全身に感じる。恥ずかしさと戸惑いが心をいっぱいにする。  いきなり岩崎課長が立ち上がって、険しい目つきでぱんぱんと手を叩いた。そしてフロアじゅうに響き渡るような大声を張り上げる。 「はい、こちらに注目して! いいですか、今届いたスパムメールは、直ちに削除するように! また個人への誹謗中傷行為は会社として決して許されないので、メールに関する内容を今後一切口外しないように!」  するとどこからか、ひとりの男性が下衆な笑みを浮かべながら声を上げた。 「でも課長。中傷もなにも、この写真マジじゃないすか。これって、不倫して告発される方が悪いですよね?」 「ここは会社だ。個人の私生活に踏み込むことはハラスメントに該当するぞ。それに写真がいつ撮影されたものかわからない以上、メールに信憑性はない。憶測でものを言うな!」  ぴしゃりと岩崎が言い放つと、男性は不満げに俯いた。再び、フロアは密かにざわめき始める。 「河西、ちょっと会議室に来てくれるか?」  掠れた声で「はい」と答えるのがやっとだった。席から立ち上がり岩崎の後に続いて、社員たちの注目を一身に浴びながらフロアから廊下へと出る。その時だった。  茜音が気づいた時には、ハサミを振りかざした理央が目前に迫っていた。 「ころしてやるころしてやるころしてやるころし…………!!」  理央は笑うように金切り声で叫びながら、まっすぐ茜音へと突進してくる。  あまりのことにからだが固まってしまった茜音に、ためらいなく無くハサミは振り落とされた____。
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