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「河西さん。お尋ねしますが、ここに書かれていることは事実ですか?」
「……違います」
「では、この写真に心当たりはありますか?」
「ありません。たぶん、合成写真だと思います」
気づいたことがあった。井の頭公園で撮られた写真は、去年の秋に葉月と散歩に行ったときのものだ。普段、外でめったに葉月とべたべたすることはないが、あの時公園で昼間から一目も憚らず抱きついている若いカップルを見た葉月が、「恋とは、かように人を盲目とさせるものであろうか」などと哲学的な言葉を口にしたため、茜音もつい冗談で、「じゃあ、葉月くんもそうなるか試してみよう」と言って、ふざけて抱きついた一瞬を盗撮されたと思われる。
部屋の前で葉月を連れ込もうとしている写真は、今年の正月休みに葉月が家へやって来たときのこと。
遊びに来ていた友達仲間がとても賑やかに騒いでおり、遅れて到着した人見知りの葉月がドアの前で部屋に入るのを躊躇していたので、茜音が手を引っ張って無理やり迎え入れた。
おそらく何者かは、それらの写真の葉月の部分だけ染谷に差し替えたと思われる。AIが進歩した今、こうした高度な画像処理も誰もが簡単にできてしまうらしい。
だが、3枚目のベッドの写真だけは、茜音自身も説明がつかなかった。合成だとしても、ベッドでハダカの自分を自撮りしたことなんて記憶になかったからだ。
茜音はそう説明するが、高山は至って無表情のままだった。
「なるほど。それでは、これを送った人物は誰だと思いますか?」
「……わかりません」
「私の考えでは、これらの写真は、河西さんをストーキングしていた裏原さんが盗撮したものだと思います」
茜音の隣で岩崎が驚いたように「裏原さんが河西をストーキングしてた?」と声を上げる。もちろん岩崎は知るはずもなかっただろう。
「だが、裏原さんは2日前に死んでいる。もちろん、死ぬ前に送信予約をしていた可能性はありますが、そのセンは薄いでしょう」
「なぜですか?」
「そうする必要性がないからです。メールを送るのであれば、わざわざ後の日に設定する理由がどこにもない。今日が特別な日なら別ですが」
「じゃあ、いったい誰が。どうしてこんなことを」
「おそらく、メールの送信者は裏原さんからあなたの盗撮画像をなんらかの方法で入手し、それを加工して怪文書として送信した。そう考えられます。目的については河西さん自身に心当たりがあると思いますが、私になにか隠していることはありませんか?」
そう言う高山の視線は、茜音の心のなかがすっかり見透されているかのように鋭いものだった。それは高山と初めて会った時に感じた敵意としか言いようがない。高山はまだ茜音のことを、裏原を殺した犯人だと疑っているのだろうか。
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