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◇  会社に戻ると、部内はどこか騒然としていた。  そのただならぬ気配に、通りかかった上司である岩崎淳一(いわさきじゅんいち)課長を捕まえる。35歳にして3人の子供がいる既婚者だが、長身でイケメンのため女子社員の人気も高い。 「どうかしたんですか?」  いつもはつらつとしていて明るい岩崎は、珍しく暗い表情をしていて短髪をしきりに掻いた。 「あれ、聞いてない?」 「はい」 「裏原さんが、死体で発見されたんだ」  思わず息を呑んだ。心臓がきゅっと締め付けられる。 「ほ、本当ですか」 「ああ。早朝に井の頭公園で池に浮かんでいるところを犬の散歩をしていた地元の人に発見されたらしい。今、警察の人が来ていて、会議室で部長と話している」 「そんな……」 「ショックだよな。昨夜、送別会をしたばかりだと言うのに」 「警察が来てるってことは、なにか事件に巻き込まれたんでしょうか」 「詳しいことは俺にもわからんが、その可能性もあるだろう。いずれにしても裏原さんに最後に会ったのは送別会に出席したメンバーだ。俺や河西もあとで事情聴取を受けるかもしれないぞ」  派遣の若い子、有川香澄(ありかわかすみ)が「岩崎さん、お電話です」と声を掛けてくる。岩崎は「誰から?」と聞くが、「本社の人事部とか言ってましたけど名前までは聞いてないですう」と悪びれる様子もなく、茶色の巻き髪の毛先を手でいじりながら甘えた声で返してきた。  あの子は仕事よりネイルのほうが大事なんだよ、と常々ぼやいていた岩崎はため息をつきながら自席へとせかせかと戻って行く。  裏原が死んだ。あまりに突然のことに茜音は呆然としていた。  今朝、茜音は確かに裏原の姿を見た。誰もいないバス停で、通りを挟んだ向かい側から裏原は無言で茜音のことをじっと見つめていた。  あれは、6時半頃のことだ。北口バス停の時刻表を確認していたから覚えている。そのあと、裏原は井の頭公園に向かったのだろうか。  井の頭公園は吉祥寺駅の南側にある、自然豊かな公園だ。中央にボート遊びもできる大きな井の頭池があり、それは神田川の源流でもある。週末となると大勢の人で賑わうが、こんな大雪が降ったあとの平日の朝は、ひっそりと静まり返っていたはず。その冷たい池に密やかに浮かぶ裏原の姿が目に浮かび、背筋が寒くなった。    裏原はどうして家に帰らず、井の頭公園なんかに行ったのだろう。そして、なぜそこで死んだのだろう。  全てが謎だったが、なによりもおそらく裏原を最後に見かけたのは自分だという予感に、茜音は震えを抑えることができなかった。
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