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…初めて子供ができた。
晩婚やし、半ば諦めてた矢先のおめでたに舞い上がっとったけど、意外な落とし穴があったわけで…
*
「…………あかん。また禁断症状出てきた。」
「はい?」
今日も今日とて忙しない京都地検。
3人目の聴取を終え片付けをしていたら、上司が突然奇妙な言葉を発したので、佐保子は怪訝な顔をする。
「……京極ちゃん。ワシ、ちょお…さっきの聴取で気になる事あるから、現場行ってきていい?」
「あ…はい。なら、同行」
「ええ。1人で行く。雑務頼むわ…ほな。」
「?」
不思議がる佐保子の視線から逃げるように、藤次はコートと鞄を持って検事室を後にする。
「最近…やけに現場現場って外行くけど、珍しく仕事熱心ね。その内雪でも降るのかしら…」
窓から広がる青空を一瞥して、佐保子は特に気にも留めず、言われた通り雑務をこなしていた。
*
「妊娠中にセックスしてたかぁ?!」
「せやねん。教えてぇな先輩。」
…別の日。京都地検から程近い個室居酒屋。
奢るから久しぶりに酒でも飲もうと、同期の腐れ縁に強引に誘われ飲んでたら、いきなり藤次が手の平合わせて聞いてきたので、賢太郎は呆気にとられる。
「シラフで言えるわけないだろ!そんなプライベートな事。アホか!」
「せやから飲みに誘ったんやないかい!後生や。なあ、教えてやり方。やないとワシ、子供産まれる前に気ぃ狂ってまう。」
「知るかアホ。…大体、そう言う性欲、自分で処理すれば良いだろ。」
「そんなん既にやっとるわ!せやけど、最近職務中まで我慢できんくらいムラムラしてきよって、吐き出す為に現場や聞き込みや言うて外出ては、公園のトイレとかでシとるけど、一向におさまらんし、何より落ち着かん。」
「お前なあ…」
ほとほと呆れて、どうしたものかと考えあぐねいた末、賢太郎はスマホを取り出す。
「なんね。まさか思うけど、ヤッとるとこ撮っとんか?」
「…アホもそこまでくるといっそ清々しいな。俺をお前みたいな変態と一緒にするな。一般論調べてやってるんだ。ちょっと待ってろ。」
「なるほど…気ぃつかへんかった。確かに、ネット漁れば体験談ぎょうさんあるか…」
「そう言う事だ。少しは考えろアホ。ホラ…」
「ん?」
差し出されたスマホを受け取り、藤次は一つの記事を読む。
「妊娠3か月を過ぎてから、妊娠中のセックスはコンドームを着けて、体位を工夫して乳頭を刺激し過ぎない。」
「今何ヶ月なんだ?」
「えっと…確か2ヶ月半。あと半月で3ヶ月。」
「でも、女性は悪阻とかで体調も不安定だし、赤ちゃんの事考えるとしたくなくなるらしいから、嫌だと言われたら素直に引き下がれよ。こう言う時に拗らせたら、産まれた後もしてもらえなくなるぞ。」
「う、うん…」
*
そうして月日は流れて、妊娠3ヶ月と少しを迎えた夜。
コンドームの箱を目の前に示して、藤次はベッドの上に絢音を座らせるなり、神妙な顔付きで、彼女に向かって土下座する。
「ど、どうしたの…?」
戸惑う絢音に、藤次は土下座の姿勢のまま口を開く。
「嫌がることも乱暴にもせん。約束する。せやから、抱かせてくれ…後生や。」
「でも、今は妊娠…赤ちゃんいるのよ?」
「これ…」
「?」
差し出された…賢太郎が教えてくれた記事の載ったスマホの画面を見せて、これまでの事を打ち明けると、絢音も賢太郎同様呆れ顔になるものだから、藤次は益々萎縮する。
「そんなに我慢できないの?」
「うん…」
「そう……」
はあと、盛大なため息が聞こえたので、無理かと思って引き下がろうとしたら、肩に手が置かれたので顔を上げると、困り顔だが笑っている妻の顔。
「顔上げて?」
「えっ…せやけど…」
「いいから。」
そうして土下座を解かせると、ゆっくりと彼の手を握りしめ見据える。
「……ホントに、ちゃんとこの通り、約束守ってくれる?」
「う、うん…守る!絶対守る!!」
「途中でお腹張ったり、気持ち悪くなったり、ちょっとでも出血したら、ちゃんと止めれる?止めてくれる?」
「うん!止める!!嫌や言われたら、素直に止める!!」
「毎晩は嫌よ?せめて……そうね。週3回、1回だけ。残りの4日は、服の上から身体触りっことか、キスだけとか、抱き合うだけのスキンシップ…守ってくれる?」
「週3…そんなにして、ええの?」
問う彼に、絢音は優しく笑いかける。
「なによ。したくてしたくて仕方ないんでしょ?なら、週1にする?」
「…や。」
「ん?」
「嫌や!週3がええ!!したい…お前としたいんや!!」
そう言って胸に縋りつき、子供のように泣きじゃくるものだから、小さくため息をついて、栗色の髪で覆われた藤次の頭を、絢音は優しく撫でる。
「なあに?さっきから…まるで赤ちゃん返り。甘えん坊さん。しないの?それとも今夜は、こうやって抱き合って寝る?あなたが寝るまでずっと、頭撫でててあげる。」
「うん。今日は…ええ。頭、撫でて…」
「ハイハイ。」
そうしてベッドに入り、甘えるように絢音に抱きついて、彼女の柔らかな胸と手に包まれて、藤次は静かに、眠りに落ちていった。
その様を見つめながら、絢音は静かに微笑む。
「ホント…前途多難なパパね。でもママ、すごく幸せ。あなたにもこの気持ち、伝わる?」
そうしてお腹に触れると、ポコんと胎動がきたので、絢音は愛おしそうにそこを撫でる。
「幸せになろうね。『藤太』…」
我慢できずに、自分だけこっそり聞いた可愛い愛息子の名前を呟いて、絢音は藤次をしっかり抱きしめて、親子3人…甘い夜を過ごしたのでした。
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