満ち足りた部屋

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 はじめてあの夢をみたのは今から一カ月ほど前のことです。  その日は残業で帰りが深夜になってしまい、家に帰ってすぐベッドに倒れ込むようにして眠ってしまいました。同棲している彼女にはスーツのまま寝るなとよく怒られていたんですが、どうしても眠気に抗うことができなかったんです。  ふと目が覚めると僕は殺風景な部屋の中で一人ぽつんと座っていました。 すぐに夢だと分かりました。  六畳ほどの空間で家具や家電の類は一切なく、床も壁も天井も一面真っ白。ただ左右の壁には、掃き出し窓に掛けるような黄緑色の長いカーテンが掛かっていました。  カーテンは閉じられていたし、わざわざ開けて外を確認することもなかったので、その先に何があるのかは分かりません。  そんな奇妙な空間の中に、黒のボールペンが一本だけ転がっていました。  拾い上げてみると、それは僕の愛用のボールペンだと分かりました。インクの減り具合や傷のつき方まで克明に再現されていて、ずいぶんリアルな夢だなあと我ながら感心したのを覚えています。  夢はそこで終わり、目を覚ますと日が昇っていました。  「またスーツで寝たの?」と顔をしかめる彼女の小言を聞きながら、僕は朝食を食べて会社に向かいました。通勤電車に乗る頃には夢の内容などすっかり忘れていました。
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