満ち足りた部屋

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 その日の夜も、昨日と同じ夢をみました。  真っ白な部屋、黄緑色のカーテン、床に転がっているボールペン、そして僕。昨日と違っている点といえば、ボールペンの隣にテディベアが置いてあったことでしょうか。  それは彼女と遊園地デートに行った時に、彼女からプレゼントされたものです。  その茶色いクマのぬいぐるみを彼女はいたく気に入っていました。ヘッドボードの上に置かれたクマに毎日おはようとおやすみを欠かさず言っていましたし、クマと一緒に自撮りした写真をメールで送ってくることもありました。  持ち主の僕よりも彼女の方がそのクマをかわいがっていました。  ぬいぐるみを抱き上げてみてみると、やはりそれは彼女から貰ったクマでした。ふわふわの毛、少し色褪せた洗濯表示、彼女がクマのために作ったお手製の赤いリボン。毎日見ている物ですから間違えようがありません。  僕は自分の夢の精度の高さに驚きつつ、少し明日の夢が楽しみになりました。だって昨日はボールペン、今日はぬいぐるみ、明日にはいったい何が出てくるか気になるでしょう。  読みかけの小説やゲーム機だったらいいのにな。そんなことを思っているうちに、いつの間にか朝が来て、目覚まし時計が鳴りだしました。  僕は朝食の席で今朝見た夢の話を彼女にしました。きっと彼女も驚くだろうと思って。  だけど彼女の反応は違っていました。  「クマのぬいぐるみって何のこと?」彼女は首を傾げます。  「遊園地に行った時に君がくれたテディベアだよ。それが夢に出てきたんだ」  「…意味わかんない。前の彼女と勘違いしてるんじゃないの」  「だから、あそこに置いてあるクマの──」  僕はそう言ってベッドの方を指差し、そして固まってしまいました。  ヘッドボードに置いていたはずのクマの姿がありません。  あそこには写真立てとテディベアと時計が並んでいたはずです。それなのになぜかテディベアが、不自然な空間の余白を残して消えていました。  「ねえ、気分悪いんだけど」  彼女の棘のある物言いに、僕は思わず口をつぐみました。  昨日までは確かにそこにあったんです。一瞬、彼女がイタズラで隠したのかとも思いましたが、どうもそんな雰囲気ではありません。本当に心当たりがないといった様子なんです。  だけどそんなことあり得るでしょうか。あれほどかわいがっていた存在をたった一晩で忘れてしまうなんて。  僕は慌てて携帯の画像フォルダを漁りました。彼女がクマと自撮りをしている写真があると思ったからです。だけどそんな画像はどこにもありませんでした。  なぜ、どうして。自分の身にいったい何が起こっているのか、わけが分からずしばらく呆然と立ち尽くしていました。それから僕は彼女の冷たい視線から逃げるように家を出ました。  会社にいる間もなんだか気もそぞろで、ささいなミスを連発して上司に怒られてしまいました。
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