満ち足りた部屋

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 その夜、夢に出てきたのは本棚でした。  僕が好きなサスペンス系の小説と、彼女が集めている少女漫画が並んでいます。  そして朝目が覚めると本棚が無くなっていました。  彼女に聞いてみると、「本棚なんかこの家には無いよ」と言われました。「あなた、昨日からちょっとおかしいわ。具合でも悪いの?」とも。  僕は気がついてしまいました。  あの夢に出てきたものは現実世界から無くなってしまう。それもただ無くなるのではなく、そこに存在していた事実すらも消されてしまうのだということに。  ああ、こんな馬鹿な話があるでしょうか。彼女との大切な思い出や自分の財産が、たった一夜にして綺麗さっぱり消え去ってしまうんです。僕はこれからどうやって生きていけばいいのでしょう。今度は何が夢に出てくるのかとビクビクしながら過ごさなければならないのでしょうか。  だけどどれだけ恐れていようが眠らないわけにはいきません。  その夜、夢の中で目を覚ました僕は「ぎゃっ」と叫び声を上げました。  床の上に友人が仰向けで転がっていたのです。口は半開きで目は閉じられており、眠っているようにも見えました。しかし何度彼の名を呼んでも目を覚ます気配はありません。  死んでいるのだろうか。でも死んでいるという感じはしませんでした。なんというか、死体特有の冷たさというか…、そういったものが一切感じられないんです。まがい物と言えばいいんでしょうか…。  皮膚が妙にぐにゃぐにゃしていて、幼い頃に触ったアゲハチョウの幼虫の手触りを連想しました。  僕は恐ろしくなって部屋の隅で膝を抱えてガタガタ震えていました。  目覚まし時計の音で目を覚ました僕は、真っ先に携帯のアドレス帳を開き、例の友人の名前を探しました。けれど、どこにもありませんでした。共通の知り合いにも聞いてみましたが、そんな男は知らないと一笑に付されてしまいました。  愕然としました。  無くなるのは物だけだと思い込んでいたからです。まさか人間も消えてしまうなんて。  激しい耳鳴りと吐き気に襲われ、僕はトイレに駆け込み嘔吐しました。心臓が早鐘を打ち指先は氷のように冷たくなっていました。  僕のせいで友人が消えた。僕があんな夢をみたから。酸っぱい胃液に涙をにじませながら、何度も何度も友人に詫びました。
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