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僕はその夜、とある計画を実行しました。夢の中で目を覚ますや否や、ぎゅっと目を瞑ったのです。なにも視界に入れないように。
僕は目を閉じたまま、そろりそろりと手を床の上に這わせ、周囲の状況を確認しました。硬い床、テディベア、そして指先にぐにゃりとした生温い芋虫のような感触が伝わってきました。おそらく彼女でしょう。昨日と同じ位置に立ち「私を見て私を見て」と言っています。
僕に覆いかぶさるように身体をくの字に曲げ、虚ろな顔で同じ言葉を連呼する彼女の姿が脳裏に浮かび、ぞっと肌が粟立つのを感じました。
僕は自分の手を彼女の右側に移動させていきました。と、指先が薄い板のような物に触れました。
間違いありません。姿見が僕の方に向けられているのです。
僕はそのことを確認すると、なにも視界に入れないよう固く目を瞑り、夢が終わるのを待ちました。
翌朝、目を覚ますと姿見は昨日と変わらず部屋の中にありました。あの夢に出てきたにも関わらず、消えなかったのです。
やはりそうか…。
僕は今まで、あの夢に出てきたものは例外なく現実世界から消えてしまうのだと思っていました。けれどそうではなかったのです。
実際は
“あの夢に出てきて、かつ僕の視界に入ったものが現実世界から消えてしまう”
ということだったのです。だから姿見は消えなかったのです。僕が視界に入れなかったから。
きっと昨日の夢の中であの姿見を見ていれば、同時にそこに映った自分の姿も見ることになりますから、僕は現実世界からいなくなっていたでしょう。
僕はようやくあの夢の法則に気がつくことができたのです。
だけど遅すぎました。
友人も彼女も両親も、何もかもが夢の世界へと行ってしまいました。僕にはもう何も残されていないんです。
僕は眠りにつくのが本当に怖い。
あの夢は僕から全てを奪った後、最後の仕上げとして僕に鏡を見せる魂胆なのでしょう。
夢の中で左右の壁にかかっていたカーテンは、今や完全に開け放たれています。横目で確認しただけなので細部は分かりませんが、大きなはめ殺しの窓があり、その向こうには深い闇が広がっています。窓にくっきりと僕の姿が映りそうなほどの黒い闇が。
両親、友人、彼女は僕をぐるりと取り囲み抑揚のない声で「私を見て私を見て」としきりに訴えかけてきます。
そんなこと出来るはずがありません。
彼らの瞳に映る自分の姿を見たが最期、僕はこの世界から消え去ってしまうのですから。あの恐ろしい夢の世界へと…。
彼らは毎晩毎晩、僕を夢の世界へと誘うのです。
僕はもう彼らの名前すら思い出すことができないのに……。
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