3人が本棚に入れています
本棚に追加
「あなたはお母さんの──」
黒髪の男が私の言葉を手で制した。「あなたじゃなくて黎。で、こっちのロン毛の方が真白。敬語は使わんでええよ」
「でも初対面の人にタメ口は…」と拒絶しようとした私だったが、二人の有無を言わさぬ無言の圧に負けて、しぶしぶ頷いてしまった。顔が整いすぎている男二人に見つめられるのはかなり居心地が悪い。
「…黎はお母さんの知り合い、なの?」
「俺らがナオのお母さん──コハルちゃんと知り合ったんは、今から三十三年前。彼女が十五歳の頃、俺の家に住み込みのメイドとして雇われたのがきっかけや」
「三十三年前…ということは、二人は子供の頃に母と知り合ったってこと?」てっきり二人は私と同じくらいの年齢かと思っていたので意外だった。実年齢よりも若く見えるタイプなのかもしれない。それに母がメイドをしていたというのも初耳だ。
私の質問に真白が首を振った。「いや、その当時僕らはもう大人だったよ。詳しい年齢は忘れたが、五百歳とすこしの時だったと思う」
「ごひゃく…?」私は呆気に取られて彼の言葉をおうむ返しにした。聞き間違いだろうか。変なコスプレをしている黎はともかく、真白までこの状況でおかしな冗談を言うような人だったとは。「変なこと言わずに、ちゃんと答えてほしいんだけど…」
私がそう言うと、真白は苦笑しつつ頭を掻いた。
「すまない、先にこの世界のことを話しておくべきだった。ここはナオのいた世界とは異なる世界線に存在する場所だ。異世界、と言った方がわかりやすいかな。昨日の夜、電車に乗っていた君はとあるきっかけでこの異世界にトリップしてきた」真白が障子窓の方を指さした。「信じられないなら、あの窓の外を見てみるといい」
「異世界って…そんなものあるわけないでしょう」
「まあまあ、そう言わんとそこの障子開けてみ」
黎にうながされた私はしぶしぶ立ち上がり、障子窓に手をかけた。
いったい私はなんの茶番に付き合わされているのだろう。実はどこかに隠しカメラが仕掛けてあって、ドッキリ大成功と書かれた札を持った人間が、飛び出す機会をうかがっているのだろうか。
私はそんなことを思いながら障子を開き、そして「あっ」と声を上げた。
この部屋は二階にあったらしく、窓からは立ち並ぶ家々の瓦屋根が見えた。家はどれも木造建築で、現代的な造りのものは一つもない。映画村に行ったときに、江戸時代の街並みというのを見たことがあったが、目の前に広がる風景はまさにそれだった。
だが私を驚かせたのは、その歴史の教科書に載っていそうな古い街並みではない。眼下の通りを歩く人々──いや、異形の者たちの姿だった。
向かいの家の“呉服屋”と書かれた看板の前で打ち水をしている着物の女の顔には、本来あるべき鼻や口などのパーツがなく、その代わりに大きな目玉が一つだけ顔の中心に鎮座している。通りを歩いているのは緑色の肌の河童や、角を生やした赤面の鬼、二足歩行で歩く大きな化け猫のようなものなどなど……。
通りを歩く者たちのなかには人間もいるが、いわゆる妖怪と呼ばれる異形の存在の方が数が多い。
ろくろ首が長い首を伸ばして私たちの部屋の窓を覗き込み、それから歩き去って行った。
そいつともろに目が合ってしまった私は「きゃっ」と悲鳴を上げて尻もちをついた。
「これで信じる気になったか」黎が私の隣に座り言う。
「この異世界では人間や妖怪などのさまざまな種族が共存しているんだ。僕らのような五百年以上生きている長命な生き物もね」
「補足すると、この世界に住んでるのは日本風の妖怪だけちゃうで。
俺らがおるこの地域──ヒノモトに住んでるのは妖怪と人間が主やけど、よその地域には、外国の化物…例えば吸血鬼とか狼男とかドラゴンとか。ほかにもエルフや、半分獣で半分人間の獣人なんかが住んでる所もある。
ま、アメリカ合衆国もびっくりな種族のるつぼってわけ」
「…あまりにもフリーダムすぎない?」
妖怪だけじゃなく獣人やエルフまでいるなんて、漫画でもなかなか見ないレベルの、節操のないめちゃくちゃな世界だ。まるで世界観の設定を絞り切れなかった素人作家が『この際だからなんでも盛り込んでしまえ!』とやけくそに盛りに盛った末に出来上がった異世界のようではないか。
それとも、異世界にも多様性の時代がやって来ているのだろうか。
最初のコメントを投稿しよう!