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街の通りはさまざまな音であふれていた。客を呼び込む声、洗濯物がはためく音、子供のはしゃぐ声、鳥の鳴き声…。それらが石造りの壁に反響し混ざり合い、波の音と心地よく調和し合っていた。
気温は高かったが空気が乾いているため日陰は涼しい。
道を歩いているのは獣人や人間やエルフなどがほとんどで、ヒノモトで見た妖や鬼などの姿はまったくなかった。アズーロのような明るい陽気な街には、妖怪は馴染みづらいのかもしれない。
私たちは港を出たあと、北にむかって歩いた。この道の先に宿屋があるらしい。
家々の白い壁に太陽の陽射しが反射し、まぶしく輝いているせいか周囲はいっそう明るく思えた。
通りの脇には赤や黄色の鮮やかな果物や野菜が並ぶ店、香ばしい匂いを振り撒いている料理屋、観光客向けに手作りの雑貨を売っている店などが軒を連ねていた。どれもこれも物珍しく、私は右に左に視線を動かしながらそれらの店に見入っていた。そのため前から歩いてくる男に気がつかなかった。
「きゃっ」
男と私の肩がぶつかる。勢いよくぶつかったわけではないが体格で劣る私はバランスを崩し、たたらを踏んだ。
真白の手が私の両肩を支える。「大丈夫か」
黎は私とぶつかった、左頬に大きな火傷痕のある男をじろりと睨んだ。「兄ちゃん、ぶつかったんやから謝ったらどうや」
男は煩わしそうな顔をするだけでなにも言わない。
「いえ、私が前を見ていなかったのが悪いんです。ごめんなさい」
二十歳くらいの男は、頭を下げた私に舌打ちをすると何も言わずに歩き去ってしまった。男の背中はあっという間に小さくなり、路地へと消えた。
「なんやあいつ」
「放っておけ。相手にするだけ無駄だ」
「せやけどナオに舌打ちしたん腹立つわ」
「まあまあ。私は気にしてないから大丈夫だよ」
私と真白は、男のあとを追おうとする黎を引きずるようにして宿屋への道を進んだ。
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