1.アンドロイド

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1.アンドロイド

 生まれて初めて、自分の顔を見た。  白衣を着た男の人に渡された手鏡に映っていたのは、小学生くらいの女の子の顔だった。  これが私。  この研究所で作られ、たった今「小暮ルナ」と名付けられたばかりのアンドロイド。  人間そっくりのロボットだ。 「――そして、この写真の子がさっき話した小暮月渚(るな)。……私の一人娘だ」  白衣姿の男の人――小暮博士――から、一枚の写真を見せられた。  私は自分の顔が映っている鏡と、小暮月渚が写っている写真を見比べる。  小暮ルナと小暮月渚。二つの顔は「そっくり」だ。  「そっくり」というよりは、「全く同じ」と言うべきかもしれない。  明るい髪の色も同じ。  肌が白いのも同じ。  まぶたの二重の幅も同じ。  小暮博士は「ほくろの位置まで全て同じだよ」と言って少し笑う。微笑む博士の口元が、月渚と私に似ていた。 「私と月渚は、まるで双子のようですね」  私は手鏡を博士に返す。 「一卵性の双子以上に似ているかもね」  博士の言葉に、私は頷いた。  でも、私と月渚は一卵性の双子でも、二卵性の双子でもない。  姉妹でもなければ、イトコですらない。お互いに話をしたことがないし、会ったこともない。  月渚はそもそも、私の存在を知らない。  小暮月渚は今、病院にいる。病室のベッドの上で寝たきりだ。  半年前に意識を失って以来、目を覚ましたことは一度も無いという。 「月渚はとても元気な子で、スイミングが大好きだったんだよ」  博士は、娘の写真を愛おしそうに、悲しそうに見つめている。 ――小学五年生の夏休み。  月渚はスイミングスクールに毎日通ってレッスンを受けていた。  水泳の選手として大会に出場するためだ。  練習が終わってもう帰ろうかと思っていたとき、事故は起こった。  月渚は溺れている幼い男の子を見つけ、水の中に飛び込んだ。  でも、慌てて飛び込んだために、プールの底に体をぶつけてしまった。  男の子は助け出されて無事だったけれど、月渚はそのまま意識を失ってしまったらしい。  月渚のお父さんである小暮博士も、お母さんである空子さんも、ひどくショックを受けた。  でも、アンドロイドの研究と開発をしていた小暮博士はめげなかった。  娘そっくりのアンドロイドを作り出し、月渚の代わりに日常生活を送らせることにした。  そのアンドロイドというのがこの私、「小暮ルナ」だ。  今度から、私は人間の「小暮月渚」として生活する。  博士と空子さんたちの家で暮らし、月渚が通っていた小学校で、先生や友だちと過ごすことになっている。 「――できるかな? 月渚の身代りが」  博士が私に訊いた。 「可能かと思われます」  私は真面目に答えたつもりだったのに、博士はなぜか、ふふっと笑い出す。 「月渚について、よく学習しないとね」  博士は私の頭を撫でると、一台のスマートホンを渡してくれた。 「これは月渚のスマホだ。娘を知るための、いい手掛になるだろう」 「ありがとうございます」  ――プールでの事故の話は、全て小暮博士から聞かされたことだ。  でも、小暮博士も空子さんも、もちろん私も、知らなかったことがある。  あの事故が起きたとき、プールサイドには月渚の友達が立っていた。  その子は事故を忘れることができなくて、ずっと胸を痛めているのだった。
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