1.アンドロイド

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 焼きたてのパンに、サラダ、ベーコンエッグにヨーグルト。  テレビでニュースを観る、小暮博士のコーヒー。会社からのメールをチェックしている、空子さんの紅茶。  お手本のような朝食二人分が、リビングのダイニングテーブルの上に並んでいる。  私はダイニングテーブルの端に白い缶を置いて、イスに座った。私の分の朝食は無い。 「いただきます」  手を合わせてから、白地に星の絵が描かれた缶のプルタブを開けた。缶を手に持って傾け、口をつける。中身の潤滑油をごくごくと飲んだ。  これがアンドロイド用の食事だ。 「お、いい飲みっぷりだな、ルナ!」  博士がからからと笑う。 「ありがとうございます。小暮博士」  私は缶から口を離し、ぺこりと頭を下げた。 「今日から学校だね。準備は整っているのかい」 「はい。お借りした月渚(るな)の私物から、得られるだけの情報は得ました」  四月六日。今日から新学期。  月渚が通っていた小学校へ初めて行く日だ。 ――もちろん、人間の「小暮月渚」として。  私がアンドロイドであることは、絶対にばれてはいけない。  だから、私は月渚を演じるために、彼女についてたくさん学習してきた。  月渚の使っていたスマホやノートを見せてもらい、友だちや先生についてたくさんの情報を頭に叩き込んだのだ。 「必ず月渚を演じてまいります」  私は決意表明をした。小暮博士と、さっきまで黙っていた空子さんが顔を見合わせる。 「どうかしましたか? なにか気になることでも?」 「……月渚って、そんなかたい喋り方じゃないと思うんだけどな」  私に向き直った博士が苦笑いした。空子さんは黙ったまま横目で博士を睨んでいる。 「はい。学校では、小学生らしい会話を心がけるつもりです」 「そうかい。……これは提案なんだが、私のことを『お父さん』と呼んでくれないかい? それから、敬語じゃなくて、ため口でいい。近所の人に今のような会話を聞かれたら、あれこれ心配されそうだ」 「はい。わかりました。……じゃなかった。わかったよ、お父さん。……こんな感じでいい?」 「ああ、上手い上手い。そんな感じでよろしく」  「お父さん」は笑うと朝食を食べ始めた。  私は紅茶をすする空子さんのほうを向く。 「空子さんのことも、『お母さん』とお呼びしたほうがいいですか?」 「私のことは今まで通り、『空子さん』と呼んでちょうだい。もちろん敬語よ」 「承知しました」 「私、あなたの『お母さん』じゃないもの」 「はい。わかっています」 「……」  空子さんはそれ以上なにも言わず、黙ってパンを口に運ぶ。  小暮博士のことは「お父さん」と呼ぶし、敬語は使わない。  でも、空子さんのことは「お母さん」と呼んではいけないし、敬語も使わなければいけない。 (人間って、複雑です)  私は缶の中身を飲み干してイスから立ち上がり、空き缶用のごみ箱に捨てる。それから月渚の使っていた部屋に向かった。  月渚は病院に入院しているから、ここにはいない。この部屋は私が使わせてもらっている。  部屋のクローゼットを開けると、中には月渚のお気に入りの洋服がずらりと並んでいる。  水色のパーカーと黒いスカートを取り出して着替えた。  アンドロイドは寒さも暑さも感じない。けれど、すっぽんぽんで出歩くわけにはいかないから、気温に合わせた服を着る。  写真で見る月渚の髪型はポニーテールが多かった。ポニーテールが好きだったみたいだ。  だから、自分で髪を同じように結った。  これで身支度は済んだ。  部屋を出て、一階へ下りる。ランドセルを背負い、手提バッグを持ったら準備完了だ。 「――月渚!」  玄関で靴を履いている私を呼び止めたのは、スーツ姿の空子さんだった。靴箱の上を指している。
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