1.アンドロイド

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「サシェを忘れているわよ」  靴箱の飾り棚の上には、小さな巾着があった。  手のひらに乗るくらいの大きさだ。黄色い花柄の、可愛いらしい布地だけれど、色が褪せているように見える。  「サシェ」という呼び方があるのだと初めて知った。 「巾着ではなくて、サシェというのですね」  私の言葉に、空子さんがはっと息をのんだのがわかった。私をまじまじと見つめてから、俯いてしまう。 「……な、なんでもないわ。忘れてちょうだい」  空子さんは顔を曇らせていた。 「これは学校生活に必要なものではないのですか?」 「本当は持って行ってはいけないのよ。でも、月渚(るな)はそれを肌身離さず持ち歩いていたから……」 「では、私もサシェを持っていたほうが自然ですね」  空子さんは下を向いたまま頷く。 「絶対になくさないでよ。中身も見ないこと。……わかったわね?」 「はい。空子さん」  私はサシェを手に取って、スカートのポケットにしまった。  サシェの中にかたいものが入っているようだけれど、外側から見ていても、なにかはわからない。  私はスニーカーの靴ひもをきゅっと結んで、玄関のドアを開ける。 「あら? それ、自分でやったの?」  空子さんに訊かれて振り返る。でも、なにについて訊かれたのか、わからなかった。 「『それ』、とはなんでしょうか?」 「髪よ。自分でポニーテールにしたの?」 「はい。自分で結いました。月渚はポニーテールにしていることが多いようだったので。不自然でしょうか?」 「いえ。べつに」  空子さんはぷいっと顔をそらし、リビングに戻っていった。空子さんはこれから会社に行って仕事をしなければいけないから、忙しいみたいだ。 「行ってきます」  私は家の中に向かって一礼し、とうとう学校へ出発した。
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