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「サシェを忘れているわよ」
靴箱の飾り棚の上には、小さな巾着があった。
手のひらに乗るくらいの大きさだ。黄色い花柄の、可愛いらしい布地だけれど、色が褪せているように見える。
「サシェ」という呼び方があるのだと初めて知った。
「巾着ではなくて、サシェというのですね」
私の言葉に、空子さんがはっと息をのんだのがわかった。私をまじまじと見つめてから、俯いてしまう。
「……な、なんでもないわ。忘れてちょうだい」
空子さんは顔を曇らせていた。
「これは学校生活に必要なものではないのですか?」
「本当は持って行ってはいけないのよ。でも、月渚はそれを肌身離さず持ち歩いていたから……」
「では、私もサシェを持っていたほうが自然ですね」
空子さんは下を向いたまま頷く。
「絶対になくさないでよ。中身も見ないこと。……わかったわね?」
「はい。空子さん」
私はサシェを手に取って、スカートのポケットにしまった。
サシェの中にかたいものが入っているようだけれど、外側から見ていても、なにかはわからない。
私はスニーカーの靴ひもをきゅっと結んで、玄関のドアを開ける。
「あら? それ、自分でやったの?」
空子さんに訊かれて振り返る。でも、なにについて訊かれたのか、わからなかった。
「『それ』、とはなんでしょうか?」
「髪よ。自分でポニーテールにしたの?」
「はい。自分で結いました。月渚はポニーテールにしていることが多いようだったので。不自然でしょうか?」
「いえ。べつに」
空子さんはぷいっと顔をそらし、リビングに戻っていった。空子さんはこれから会社に行って仕事をしなければいけないから、忙しいみたいだ。
「行ってきます」
私は家の中に向かって一礼し、とうとう学校へ出発した。
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