2.学校

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2.学校

  「おい! 月渚(るな)ぁ~~~~~っ!」  一人の男の子が駆け寄よってきた。背負っているランドセルの中身が、ガチャガチャと音を立てる。 (この男の子は……)  人工の頭の中から、この男の子のデータを探す。  彼の名前は(すばる)。  苗字は(あけぼの)。  月渚と同じ学校に通う同級生。小学一年生のときからの友だちだ。  小柄な私より、昴くんのほうが少し背が高い。肌はこんがり日に焼け、膝にはぺたぺたと絆創膏が貼られている。 「久しぶりだなー、月渚! やっと学校に行けるんだな!」 「はい。ご無沙汰しておりました。また今日からよろしくお願いします。昴くん」  私にとっては、初対面の人間だ。ぺこりと丁寧にお辞儀した。  昴くんはきょとんとこちらを見つめている。 「うっ……」 「?」  昴くんが口にした「うっ……」とは、一体なんだろう?  私は首を傾た。人間は疑問があったとき、頭を横に傾けるらしいから。 「うははははははははははっ! やっべー! 月渚、おまえなにキャラ!?」  昴くんはお腹を抱えて、ゲラゲラと笑っている。 「な、なにか、おかしかったでしょうか……?」 「まだやるのかよ! なんでそんな喋り方なんだよーっ。あはははははははっ!」 (喋り方……? あっ)  どうやら、敬語で話すのがおかしかったらしい。 (もっと小学生らしく話そうって決めていたのに!)  さっそく失敗してしまった……!  体内の温度がどんどん上がっていく。人工知能が「焦り」を感じている。  このままでは、私が小暮月渚ではないことがばれてしまうかもしれない。 「ひ、久しぶりに会うから、ちょ、ちょっとキンチョーしちゃって!」  あわてて言葉遣いを直す。 「……あー」  昴くんは、すっと真面目な顔になり、笑うのを止めた。 「そうだよな。病み上がりだもんな」 (な、納得してくれたみたい?)  急上昇した体温が、また下がっていく。ほっとしたからだ。  私たちは並んで通学路を歩き出した。小さな公園の前を通る。  植えられている桜が満開だった。 「きれい」  木の下で思わず立ち止まり、そう口にした。  「桜の花はきれい」。  あらかじめ私の中にインプットされている情報の一つだ。  でも、実際にこの目で見るのは、今日が初めて。風に舞う花びらがきらきらして、思っていたよりもずっと、「桜の花はきれい」だった。 「早く行こうぜ。新学期から遅刻したくないだろ」  昴くんはあまり興味が無さそうで、ずんずんと先を歩いて行ってしまう。 「月渚、遅いぞー!」  昴くんが手提げバッグを振り回しながら私を呼ぶ。 「ご、ごめんね」  小走りしようとすると、昴くんがずかずかとこっちに戻ってきた。  そして私の背後に回る。 「?」 (なにをされるんだろう)  そう思った次の瞬間、昴くんは私の背中からランドセルを剥ぎ取ってしまった。 「な、なんですかっ? 返してください!」  予測できなかった動きに驚いて、ついまた敬語になってしまった。 「べつに、おまえのランドセルなんか盗らないって! 学校まで持っていってやるよ」  昴くんはお腹の前で私のランドセルを抱えると、また歩き出していく。  私はぱちぱちと瞬きしながら、ランドセルを前に抱え、後ろで背負う昴くんを眺ながめた。  私はやっと、「昴くんが自分に優しくしてくれた」のだということを理解した。
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