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「月渚~っ!!」
「久しぶりーっ!」
「会いたかったよお~」
校門をくぐると、三人の女の子たちがわらわらと近寄ってきて、私にハグしてくる。
「ひ、久しぶりだね」
(ええと……)
私は頭をフル回転させる。
この子が樹里ちゃん、この子が恵奈ちゃん、この子が花鈴ちゃん。
全員、月渚の同級生で友だちだ。
アンドロイドの私のことを月渚だと思い込んで、みんな嬉しそうだ。月渚が人気者だったことがよくわかる。
「元気になってよかった! うち、月渚のこと忘れちゃいそうだったよ~」
樹里ちゃんは笑いながら眉を八の字にしている。
「わ、忘れそうだったのですかっ!?」
私はつい敬語になって、樹里ちゃんに詰め寄ってしまった。樹里ちゃんはびっくりしたみたいで、ぱちぱちと瞬きを繰り返す。
「えっと、今のは冗談っていうか……。ご、ごめんね?」
「いえ。……じゃなかった、ううん。覚えてくれてたなら、いいの」
「月渚~。ランドセル、返してやる!」
校舎の昇降口へ向かう昴くんが、私のランドセルをぽーんと投げ飛ばした。私は手を伸ばし、ランドセルを受け取る。
「ナイスキャッチ~」
「昴っ! 危ないでしょ!」
親指を立てて去っていく昴くんに樹里ちゃんたちが怒る。
ランドセルを背負いながら、私はまたほっとしていた。月渚が学校に通えなかった期間は約八か月。でもみんな、月渚のことをばっちり覚えているみたい。
(人間って、思ったより記憶力がいいんだ)
私は人工知能だから、覚えようと思ったことは何でも覚えられる。
でも、人間はそうではないみたい。
どんなに賢い人だって、何もかもを一度に覚えられるわけではないらしい。 せっかく覚えたことを忘れてしまうことだってある。
私、アンドロイドの「ルナ」が作られ、人間の「月渚」の代わりに生活することになったのは、人間の記憶力のもろさが理由だ。
月渚が幼稚園の年中さんだった頃の話を、小暮博士から聞いたことがある。
博士の仕事の都合で、博士、お母さんの空子さん、月渚の三人は日本を離れ、海外に移住した。
その期間は一年くらい。でも、幼い子どもにとっての一年はとても長い。
やっと日本の幼稚園に戻ってきた月渚は、ひどくショックを受けた。
友だちの何人かは月渚のことを忘れていたのだ。もちろん、仲が良かった子たちはちゃんと覚えていてくれた。
でも、遊び方も、仲良しのグループも、まるっきり変わっていた。大好きだった担任の先生だって、月渚が海外にいる間に辞めて、幼稚園からいなくなっていた。
月渚は、自分の居場所を失くしてしまったような気分になった。
だから月渚はそれ以来、幼稚園を休むことを嫌がった。風邪を引いても、熱が出ていても、「幼稚園へ行く」と言って聞かなかった。
事故に遭うまでは、小学校だって皆勤だった。
……事故のせいで、皆勤こそ逃してしまったけれど、月渚が目を覚ましたらまたスムーズに学校生活に送れるように、私は彼女のフリをしなくてはいけない。
(月渚のように振舞って、居場所をしっかり守ってあげなくちゃ!)
それが、私が生まれてきた理由なのだから。
(あれ?)
校門の向こうに、一人の女の子が立っていた。髪はボブカットで、シンプルな黒のワンピースを着ている。周りの子たちよりも大人っぽく見えた。
大人っぽいその女の子は、私たちをじーっと見つめている。
その子の顔だけは覚えていた。校外学習や運動会のスナップ写真の端に写っていたから。
だからきっと彼女も月渚と同じ六年生だ。
でも、名前がわからない。思い出せないのではなくて、そもそも名前を知らなかった。
私は覚えようと思ったことは忘れないけれど、知らないことを思い出すことはできない。
体に内蔵されているのはあくまで人工知能であって、超能力ではないからだ。
ボブカットの女の子はふいっと顔をそらし、私たちの前を通り過ぎて昇降口へ向かった。
名前を知らないということは、月渚とはそこまで仲が良いわけではなかったはず。
でも、どうして私をじっと見ていたのだろう……?
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