2.学校

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月渚(るな)~っ!!」 「久しぶりーっ!」 「会いたかったよお~」  校門をくぐると、三人の女の子たちがわらわらと近寄ってきて、私にハグしてくる。 「ひ、久しぶりだね」 (ええと……)  私は頭をフル回転させる。  この子が樹里ちゃん、この子が恵奈ちゃん、この子が花鈴ちゃん。  全員、月渚の同級生で友だちだ。  アンドロイドの私のことを月渚だと思い込んで、みんな嬉しそうだ。月渚が人気者だったことがよくわかる。 「元気になってよかった! うち、月渚のこと忘れちゃいそうだったよ~」  樹里ちゃんは笑いながら眉を八の字にしている。 「わ、忘れそうだったのですかっ!?」  私はつい敬語になって、樹里ちゃんに詰め寄ってしまった。樹里ちゃんはびっくりしたみたいで、ぱちぱちと瞬きを繰り返す。 「えっと、今のは冗談っていうか……。ご、ごめんね?」 「いえ。……じゃなかった、ううん。覚えてくれてたなら、いいの」 「月渚~。ランドセル、返してやる!」  校舎の昇降口へ向かう(すばる)くんが、私のランドセルをぽーんと投げ飛ばした。私は手を伸ばし、ランドセルを受け取る。 「ナイスキャッチ~」 「昴っ! 危ないでしょ!」  親指を立てて去っていく昴くんに樹里ちゃんたちが怒る。  ランドセルを背負いながら、私はまたほっとしていた。月渚が学校に通えなかった期間は約八か月。でもみんな、月渚のことをばっちり覚えているみたい。 (人間って、思ったより記憶力がいいんだ)  私は人工知能だから、覚えようと思ったことは何でも覚えられる。  でも、人間はそうではないみたい。  どんなに賢い人だって、何もかもを一度に覚えられるわけではないらしい。  せっかく覚えたことを忘れてしまうことだってある。  私、アンドロイドの「ルナ」が作られ、人間の「月渚」の代わりに生活することになったのは、人間の記憶力のもろさが理由だ。  月渚が幼稚園の年中さんだった頃の話を、小暮博士から聞いたことがある。 博士の仕事の都合で、博士、お母さんの空子さん、月渚の三人は日本を離れ、海外に移住した。  その期間は一年くらい。でも、幼い子どもにとっての一年はとても長い。  やっと日本の幼稚園に戻ってきた月渚は、ひどくショックを受けた。  友だちの何人かは月渚のことを忘れていたのだ。もちろん、仲が良かった子たちはちゃんと覚えていてくれた。  でも、遊び方も、仲良しのグループも、まるっきり変わっていた。大好きだった担任の先生だって、月渚が海外にいる間に辞めて、幼稚園からいなくなっていた。  月渚は、自分の居場所を失くしてしまったような気分になった。  だから月渚はそれ以来、幼稚園を休むことを嫌がった。風邪を引いても、熱が出ていても、「幼稚園へ行く」と言って聞かなかった。  事故に遭うまでは、小学校だって皆勤だった。  ……事故のせいで、皆勤こそ逃してしまったけれど、月渚が目を覚ましたらまたスムーズに学校生活に送れるように、私は彼女のフリをしなくてはいけない。 (月渚のように振舞って、居場所をしっかり守ってあげなくちゃ!)  それが、私が生まれてきた理由なのだから。 (あれ?)  校門の向こうに、一人の女の子が立っていた。髪はボブカットで、シンプルな黒のワンピースを着ている。周りの子たちよりも大人っぽく見えた。  大人っぽいその女の子は、私たちをじーっと見つめている。  その子の顔だけは覚えていた。校外学習や運動会のスナップ写真の端に写っていたから。  だからきっと彼女も月渚と同じ六年生だ。  でも、名前がわからない。思い出せないのではなくて、そもそも名前を知らなかった。  私は覚えようと思ったことは忘れないけれど、知らないことを思い出すことはできない。  体に内蔵されているのはあくまで人工知能であって、超能力ではないからだ。  ボブカットの女の子はふいっと顔をそらし、私たちの前を通り過ぎて昇降口へ向かった。  名前を知らないということは、月渚とはそこまで仲が良いわけではなかったはず。  でも、どうして私をじっと見ていたのだろう……?
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