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時が流れたそんなある日、事件が起きた。
ようやく厳寒の終わりが見えてこようかという早朝に賊が屋敷へと押し寄せたのだ。
不意をつかれた護衛の者達は悉く打ち倒され、奥方が人質にとられてしまう。
賊の要求はアルケミスタ家の長男、リオール・アルケミスタの身柄であった。
政治的な要素をも含むそのような要求は飲めるはずもなく、当主であるヨーカー・アルケミスタは頭を抱えることになる。このままでは妻であるエレメンティア・アルケミスタの身が危ういが、さりとて息子で跡継ぎのリオールを引き渡すわけにもいかない。 「旦那様、いかがなさいましょう?」
「いかがもどうもない。要求は飲めん!しかし…」
「はい、それは重々承知しておりますが」
答えが出るはずもない。一同絶望の色が伺えた。一刻も争うこの事態に名乗りをあげたのがそれまで一部始終を静観していた下働きの少年、ユーリーだった。
「僕がリオール様の身代わりとして奴等に捕まります」
彼はどこから持ち出したのか、斧の様な謎の武器らしきものを腰からぶら下げていた。
「貴様が、だと?」
ヨーカーはこの提案に躊躇したが、他に選択肢等あるはずもなかった。幸いにも彼等は年恰好もよく似ている。ユーリーにすぐさまリオールの衣服を着替えさせると、替え玉として彼等に突き出した。賊共はこれにまんまとかかり、彼を連れ去ると風の様に去っていった。賊の姿が消えるとヨーカーは妻の安否を確認し、おいおいと泣きだした。
「良かった良かった。助かって良かった」
当主は涙ながらにそう言った。
しかし、夫人は青ざめた顔をなおすことなく夫にこう伝える。
「今すぐ討伐隊をお願いします」
その言葉に当主はハッとし、未だざわつく下々の者達を叱咤し、領主への報告と賊討伐の隊を指揮する旨を宣言する。
その間、子供達二人は地下室の中で匿われていたのだが、妹であるリーナは突然の出来事に父親の様に涙を流し、兄であるリオールは顔面蒼白になりつつもそんな妹をあやしていた。
兄は強く、妹である自分は弱い。
リーナは今回の事件でそれを強く認識させることとなる。
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