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事が全て終わった後に、二人はようやく暗い密室から救出されたのだが、その時初めて兄の身代わりとして小間使いの少年が連れ去られたことを知る。リーナはユーリーの事を大勢いるお手伝いさんの中の一人としてしか見ていなかったが、自分と同じ年頃の少年が危険な目にあっている事実に胸を大層痛めた。兄も同様だったらしく、少し慌てた様子で周囲にいた人間に事情を聞きまわっていた。
「かの者を救出に向かわなくて良いのか?早くしないと命に関わるかもしれない」
子供とは思えない口調でリオールは詰問するが、
「いいんですよ。坊ちゃまが無事ならそれで」
「旦那様に任せておきましょう」
もはや事件は解決したと言わんばかりに口々に召使い達はそう答えるのだった。
事実、討伐隊そのものは組織されたものの、救出隊というよりは、国家と家系の威信をかけているという風であり、ユーリーの安全等全く考慮されていないようだった。
リオールはこれに憤慨したようであったが、所詮は子供の戯言として片付けられてしまった。
頼みの綱は母であるエレメンティアだけだったが、母はそんな彼にこう言った。
「貴方はこのアルケミスタ家の跡継ぎなのです。そんなことよりも父上の働きをよく見て勉強なさい」
母にすら届くことはなかったのである。子供達二人はただ黙って成り行きを見守るほかなかった。年端も行かぬ幼子でも、彼の行く末ぐらいは想像に難くない。運が良ければ亡骸が発見されるだろうが、そのまま闇に葬られる可能性の方が高い。兄妹は誰もいなくなった彼の小屋、屋敷の隅に放置された掘っ立て小屋の近くに簡素な墓を造り、冥福を祈った。
だが、少年は帰ってきたのである。
身体のあちこちに擦り傷や切り傷こそあったが、五体満足で屋敷へと帰ってきた。
貴族親子は勿論、使用人の誰もがその事実に度肝を抜かれた。
夜半に門を叩く音を聞いて少年の第一発見者となった一人の使用人は震えながらこう語った。
人の目をした怪物のようであったと。
ユーリーをそう表現たらしめたのは全身の傷もそうだが、腰から下げた一振りの斧と思しき武器があまりにも異様であったからだという。この使用人は彼が身代わり提案をした際も傍で話を聞いていたのだが、チラリと見た斧が今とは全く違う形状をしていたという。斧の出来損ないに感じられたというが、彼を発見した時には斧全体からオーラを発し、まるで煙の様な物体を排出していたらしいのである。
少年はすぐさま介抱されたのだが、件の斧はいつの間にか元の出来損ないに戻っていたらしい。目の錯覚かもしれない、と使用人は語っていた。リオールはこの話を聞くとポツリ呟く。
「アストラル・ライト…」
幼い妹には何の事であるか理解は出来なかったが、兄が古代錬金術の御業に傾倒していたのは知っていた。恐らくはそれに分類される代物であったのではないかと後年、リーナは推測している。ただ、この事が原因で兄と従者が兄弟同然に仲良くなったことだけは確かであった。
それから数年後へと話は飛ぶ。
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