暗転する現実

1/3

1人が本棚に入れています
本棚に追加
/15ページ

暗転する現実

 多くの人達が沈痛な表情を浮かべながら参列している。  それは肉親たるヨーカーが特に顕著であり、悲しさとも嘆きとも怒りともとれる空気を全身から発しており、実子たる二人の兄妹すら遠ざける程であった。  身分で言えば地方領主に甘んじるとはいえ、古代錬金時代より続くとされる古の貴族たるアルケミスタ家夫人の死去は大いなる悲しみを与えた。それは生前の彼女の善行によるものに他ならないが、加えて彼女の死に不信な点が幾つかあることが原因だった。元来身体が強い方ではなかったエレメンティアであったが、ここ数年で一気に体力が奪われていく様相を呈していた。定期的に外出しては臣下の者達の仕事振りを観察するのを日課にしていたのだが、日に何度も異なる医者を呼び出しては、頭を振ってゆく。そんな光景がよくみられていた。噂は噂を呼び、館の家臣は勿論近隣の諸国でもその話は周知となっていった。  そして根も葉もない戯言の中にある一つの許し難い話が持ちあがった。  かの夫人が病魔に襲われた原因は配下の者にかけられた呪いだ、と。  それは当然単なる噂であり、なんら信憑性のないものであったが、これに激しく反応した者がいた。  アルケミスタ家当主、ヨーカー・アルケミスタその人である。最愛の妻を亡くした彼は日を追うごとにやつれていったのだが、皮肉なことにこの噂で活力を取り戻してゆく。政務を放り出しては地下倉庫に山積みされていた書物にかぶりつくという奇行へ取り組んだかと思えば、次の日には新しい政策を王へと直訴するなど、彼の眼光には鈍い光が漂っていた。  ある曇天の日、ユーリーは主たるヨーカー・アルケミスタに呼ばれ、こう告げられた。 「貴様には北方の国へ繋がる国境警備を命じる」  この発言は日頃ユーリーを白い目で見ていた他の使用人をも驚かせ、同情させる程であった。ここ近年、北の国とは折り合いが悪くなっており、国境付近の地域においては一触即発とまで言われる程度にまで関係が悪化していた。軍事衝突も秒読みではないかと国民は危惧していたのだ。いくら辺境とは言え、貴族の一使用人をこの段階でわざわざ徴兵するのはどこかきな臭さを感じられた。果たして、当主は続けた。 「その呪われた古代兵器でしっかり務めを果たしこい。この戦が終わるまで帰ってこなくていいからな」  ヨーカーはそう吐き捨てると部屋から出てゆく。  ユーリーは終始下を向いたまま、顔を上げることはなかった。
/15ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加