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「副部長」
人波をかき分けて見つけた、数百メートル離れた、誰もいない大樹の下。腰を下ろし、しばらくの間、感慨にふけっていると、
「何してるんですかそんなとこで」
こぼれた花弁とともに、不意に頭上から声が降ってきた。
「なんだ三宅さんか」
「なんだはひどいな。地面に座ったら服汚れますよ。それにね、桜の木の下には、死体が埋まってるんですよ……」
「怖いこと言わないで」
「私じゃなくて、ナントカナニジロウって人が言ったんです」
……誰。
尋ねると三宅さんは必死になってぐるぐる記憶を巡らせてしまいそうなので、私は、さりげなく話題をかえた。
「あのさ、散っていく桜を見ると、なんだか寂しくならない?」
「うん、そうですね…でも」
目の前に立っていた三宅さんは、座っている私の横に並ぶように位置を変える。そして、そのまま幹にもたれて続けた。
「私は桜、散るところも好きです」
そんな感傷的なことを口にする横顔は、妙に大人びて見えて。
「朝顔はしぼむし、ヒマワリは下向くし、椿はもげるし。でも桜は、散るところもきれい。葉桜になってもきれいですしね」
私を、はっとさせた。
「いつもいろんなきれいさを見せてくれる。副部長みたいです」
「何言うの」
「だって、そう思ったんだもん」
照れ隠しで斜め上へと出した私のこぶしを、ぱしんと手のひらで受け止めながら、三宅さんは軽く微笑む。
含みや打算のない言葉は、こっちまで素直にさせる力を持っているから、気づけば私は自然と、自分の中にあるもろさをさらけ出してしまっていた。
「いつかは私も、あなたたちに追い越されちゃうのかな」
伸びた細い脚にそっと寄りかからせた私の頭を見下ろす三宅さんの目は、びっくりしたようにさらに大きく見開かれる。
「そんな、副部長はずっと、私の尊敬する先輩ですよ」
「なんでよ、『追い抜いてやる!』とか思わないの?」
「……」
困ったふうに俯いて、少しの間目を伏せた三宅さんは、一度空を見上げた後、ゆっくりとその視線を私に向けた。
「もうちょっとね、追いかけていたいんですよ…」
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