ズインザフタヌン

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 彼女に 「なにか食べたいものある?」  と訊いた。  彼女が 「愛をください」  と答えた。  それから、 「今のは君への愛の告白とかそういうんじゃなくて、なんかフレーズ的な感じで勝手に口から出ただけなので、告白とかじゃない」  と二段構えで釘を刺された。  なんと答えていいのか分からなかったので、 「そしたら生きていけるの?」  と訊いた。 「いけるー」  と彼女は答えた。  僕は自分が彼女に愛を与えられない人間であることを歯がゆく、口惜しく感じた。  けれど考えてみれば彼女は僕からの愛は特に求めていないはずだったので、問題ないなと気を取り直した。  園内にはレストランみたいなところもあったけれど、彼女が 「あんなの絶対高いよ、高い高い」  と言うので、露天みたいなところで軽食を買った。  私見で申し訳ないけれど、内容と値段を見ると、これはこれで安くはないなと思った。  特別おいしくもまずくもないが、ソースと調味料のおかげでギリギリおいしい側に分類できそうな絶妙な味わいに、もう少し高くてもいいからもう少しおごりがいのある味だといいな、と思った。  今は当時よりずっとおいしくなっているかもしれない。どうもすみません。  彼女が 「今はもういじめられてないの? 背え伸びたし」  と言った。  訊かれただけでへどが出そうで、僕にとっては一ピコグラムたりとも面白みのない話題だったけれど、そういうのをいかにも過去のこととしてあっけらかんと受け止めるのがかっこいいかもしれないと思い、 「いじめられてはいない」  と答えた。  彼女が 「あたしはちょっとそうかもしれない」  と、なにを言っているのかはあいまいでよく分からないがなにを言いたいのかはなんとなく分かる発言をした。  僕は 「そうなんだ。そうさせてる人たちはなんて人で、今どこにいるの?」  と訊いた。  教えてもらえなかった。 「あたし最近、一日でおなか空いてない時間なかったんだけどやばくない?」 「一日中なにか食べっぱなしってこと?」 「そう。することないから食べるしかない」 「ずっと満腹だと、食べることがつまんなくなりそう。おなか空いてる時に食べるのが絶対おいしいじゃん」 「分かってんだけどさあ。これとか家じゃ絶対食べられないモノだから、今めっちゃおいしいもん」 「ブタになるのと違う?」 「なる。あたしかわいい?」 「かなりかわいいとは思う」 「でもデブッたらかわいくないじゃん」 「じゃあ食べなきゃいいじゃん」 「中学の時、○○ちゃんとか、空気飲んだだけで太るとか言ってなかった?」 「僕つき合いないから知らんけど、あー、女子はね、聞くね」  つながっているようでところどころつながっていない、必ずしも言いたいことを言葉にできない。  このように、僕たちは会話をラリーすることがなんとも不得手な人種だった。  でも、あの時のなんの中身もない会話はなぜか、人生の節目に応酬してきた、生きるのにおいて重要なはずの言葉の数々よりもよく覚えている。  あまり遅くならないうちに、常磐線で柏に帰った。  西口の高島屋に入り、買えるもんがなんにもねえと二人で毒づいて、東口のマルイへ行った。こっちも特に買えるものはなかった。  夕方になり、彼女とは彼女の家の前で別れた。  暗くなってお互いの顔が分からなくなるまで、いたりいなかったりしたライオンやカバやキリンやパンダの話をした。  途中で話が尽きて、同じ話を二度も三度もした。  十分前や五分前や一分前にした話を、その度初めて聞くみたいに何度も笑った。  彼女がその後、学校に行けるようになったかどうかは聞かなかった。  探りを入れること自体が、彼女を傷つけるのではないかという気がした。  彼女の生活は親が守るのだろう。友人の僕は彼女のプライドを守ろうと思った。  その後、彼女は割と若めの年齢で結婚した。  僕は結婚式に呼ばれたが、「普通結婚式に異性の友人は呼ばないし、呼ばれても行かないものだ」と周りから止められた。  結局式には出ずに、後日彼女に別件で呼び出され、その時にお祝いした。  なんだかこのほうがいけない気がするな、とは思った。  彼女の体型は、最後に会った時から、驚くほど変わっていなかった。  おなかが空いていない時間がない生活ではなく、おなかが空いている時もあれば満たされたりもする日々を送れているのかな、と勝手に思った。  さらにそのずっと後、僕はあれ以来久しく降りることのなかった上野駅を訪れ、好きな人と上野公園を歩いた。  その時、その人は別の異性の人とすでに結婚していた。  女の人はみんな幸せになるといいな、と思った。 終
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