ズインザフタヌン

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 小中高大と学生をやってきた中で、一度だけ学校をさぼったことがある。  中学生の時に同級生だった女子が、高校生になってから、不登校になったと聞いた。  中学でわりと仲が良かった子だったので、僕は平日の朝に彼女の家に行って、動物園に誘った。  断られたらそれまでにしようと思ったのだけど、彼女のお母さんは僕のことを知っていて、「行ってきなさいよ」と言って彼女をやや強引めに家から送り出した。  なおこの時けっこう出発まで時間がかかり、女子というのは寝起きの状態から出かけるまでに男とは段違いに時間がかかるらしいということを、人生で初めて知った。  彼女は私服だった。僕は制服で家を出たので、上野駅のトイレで私服に着替えた。  平日の上野動物園は空いていた。  彼女は昔とあまり変わらなかった。でもこの日の彼女の声は、電話で話す時みたいに、中学のころの教室でのおしゃべりよりも一段階音が高かった。  高校であったことは聞かないほうがいいんだろうな、と思った。  するといきおい、話題は中学の時のことばかりになった。  僕は中学生の時いじめられていたので、そのことを思い出して、ライオンに食べられたくなったけれど、ライオンは自室から出てきていなかった。  パンダにはたいして興味がなく、それよりカバが思っていたより大きかったり、キリンはなかなかの珍獣だなと思っていたりしていると、たびたび彼女を見失いかけた。  彼女は一つ一つの動物にしっかり見入るたちだった。パンダも見たがった。僕はパンダは目が怖いし牙も怖いのだが、彼女はかわいいと思っているらしかった。  やむなく、とろとろと歩いて一緒にパンダを見にいった。パンダはお休みだった。もう返せばいいのに。  気がつくと、彼女が、珍妙な言葉を口にしていた。  ズインザフタン、ズインザフタヌン、と適当なメロディをつけて連呼している。  どうやらズー・イン・ザ・アフタヌーンと言っているらしかった。   ザではなくジではないかという気はしたが、黙っていた。  やがて昼時が近くなり、彼女がおなかが空いたと言い出す前に、こっちから 「おなか空かない?」  と訊いた。なんとなくそういうのが女子へのマナーかな、と思った。  すると 「おなか空いた?」  と訊き返された。 「僕はそんなには空いてない」  と正直に答えた。それから、これではマナーに反すると思い、 「本当は空いた」  と言い直した。  すると 「君は昔からよく分からん」  と言われた。  でも、常磐線の柏駅から上野公園までのトイレというトイレの場所と規模をおおむね把握していて、彼女がトイレに行きたがった時は常に最寄りのきれいめなトイレを提示したことについては、かなり褒められた。  これは小さいころから癖になっていて、人と出かけるところはなるべく下見をして、トイレの場所を確認している。  なんというか、「トイレに行きたいのにどこへ行っていいか分からない」という状況が、幼少期からものすごく恐ろしく感じるのだ。  まあ、そんな奇癖も役に立ててよかった。
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