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第32話 夢の中で
(今日はいろんなことがあったな……)
自室に戻り、本でも読もうかと思ったが集中できず、「これは仕事じゃなくて、興味本位から」と店のホームページを開く。
(最終確認で見せられたときもすごかったけど、改めてじっくり見ると本当にすごく細にわたって拘っている!)
リニューアルされたホームページは右近さんが可愛らしくも和テイストにしてくれて、クオリティが段違いだ。仕事依頼は数件入っており、他にはお礼やら火事の件を知って心配するメッセージが入っていた。
(有難いな)
一件ずつ丁寧に返信をしている内に、睡魔が顔を出す。
久し振りの飴作りに張り切りすぎたからか、それとも浅緋に再会したことで疲れただろうか。うとうとしつつ、気付けば座机の上に突っ伏していた。
***
唐突に濃い霧の中にいることに驚きつつ、幻想的な煌めきを伴った霧を見て「ああ、またこの夢か」と一人で納得する。
数年に一度、この手の夢を見る。焼き回しの映画のように、何度も何度も繰り返すのだ。それはその出来事を忘れないようにするための作業にも思えた。
夢の途中でもそれは切り替わる。
雑音も薄れて、ただただ静かだ。
不意に人影が見える。小さな子供で女の子にも、男の子にも見る。思い出せるのは金色の髪と、碧眼がとても綺麗だと思った。
「世界が憎い」だとか、「呪ってやる」だとか「殺してやる」なんて怨嗟の声を投げかけて、「願いを一つ叶える代わりに、この縄を解いてほしい」と言い出すのだ。
その時、私は確か――小さかった頃。五、六歳だったか。
繰り返す夢の中で、私は幼い姿のままだ。
あの頃の私は、どこか達観したような醒めた子だった。
「ねー、願いを叶えるから! 縄を解いて!」
「え。なんか面倒くさい」
「ええ!? 何でも願いが叶うんだよ!?」
「うん。でも、アナタはこの場所から解放されて、私の世界を壊すんでしょう? 絶対に面倒なことになるから嫌だ」
そんなことをされたら、飴細工の練習はできないではないか。何かズレているが当時の私は飴細工作りが中心だった。
それは今も変わらないけれど。
「いや、まあ……そうか。じゃあ、君に迷惑が掛からないようにする。これなら?」
「そもそも復讐や世界を呪って、アナタは楽しいの?」
「楽しいとか、楽しくないとかじゃないんだよ。やったらやり返す的な?」
「ふーん、じゃあ、死んだほうがマシ、って思える復讐のほうが良いんじゃない?」
「え」
「いやだって、死ぬのって結構一瞬だよ? 人を呪わば穴20つっていうぐらいだから、適度な復讐をしてにゅういん? をさげればいいんじゃないの?」
「二十個って、穴多すぎだろう。あと、『溜飲を下げる』な。……うーん。ここは、復讐なんて意味がない──とか、普通止めない?」
「何で?」
そう私は尋ねた。
道徳的な答えを述べるのなら「復讐しても何も残らない」とか言うのだろう。でも、私はそうは思わなかった。
「自分が受けた被害を受け続けたままが嫌で、自分が前を向くために精算するための復讐ならアリだと思う。復讐内容も殺すとかじゃなくて、『ざまあみろ』って感じの展開のほうがスッキリしない?」
「まあ」
「私はそれでやり返したよ?」
「マジか」
「うん。私、普通と違うから、嫌がらせされたけど報復したもの! それに復讐を終えた後の楽しみを入れておくといいと思う! たとえば全部終わったら、甘い物を食べるとか! 私はベッコウ飴と金太郎飴を食べるの。おじいちゃんの作ったのは、とっても甘くて幸せな味がするんだよ!」
「復讐の後、幸せ……」
「そう。あ、これあげる!」
そう言って差し出したのは、祖父の作った金太郎飴だ。今日はお出かけだからと、様々な動物の顔を作ってくれたので、小さな手に沢山の飴を渡した。
この時の私は甘い物があれば、幸せになれる――と本気で信じていた。
いや、今も時々思うけれど。
「幸せねー」
「そうそう」
「じゃあ、復讐が終わって、気が済んだらお前に会いに行く」
「じゃあ、その頃には私が美味しい飴を作って上げる!」
「おいおい、何年先の話になると思ってんだ」
霧が濃くなって、その子は姿を消した。
懐かしい思い出。それが夢として忘れないように、と反映する。
名前も、何処で出会ったのかも記憶から薄れかけている出来事。けれど本当に会った出来事だったと思う。
真っ白になった後で目映い陽射しによって体が浮遊する感覚に陥る。
夢が醒めるのだろう。
ふと人の気配がした。
「やっと、会えそうだな。小晴――」
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