カウントダウンの時計、カチリ

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 明るい、大学の食堂で、大智は同級生に囲まれていた。 「休み明けから、イギリスかよ、いいよなぁ」 「俺たちは、就職活動に、精神力も、体力も奪い取られているっていうのに、やっぱり東条は違うよな」      「就職活動とか、要らないからなぁ」 からかい半分の、同級生たちの笑い声が響く 「東条先輩」 声をかけてきたのは、二つ年下の、千葉貫太(ちばかんた)だった。 春馬のレストランの常連だった、あの高校生カップルの片割れだ。 去年の春に、大智と同じ大学、同じ学部に入学してきた。    入学した春に、講義の取り方などのアドバイスをして以来、なぜがずっと懐かれている。 大智を見かける度に、貫太は声をかけてくる。 「ちょっと、相談があるのですがいいですか? 」 「うん、いいよ」 貫太にそう答えて、大智は席を立った。 同級生が、大智を引き留めたが、大智は軽く手を振った。  しばらく、貫太に付き合って歩きながら、大智はため息をついた。 「ありがとう、俺の為に、誘いだしてくれたンだろ」    用事があるように、大智を誘い出したのに、さっぱり何も言わなかった貫太が、ようやく話し出した。 「はっきり言ってやればいいのに、大智さんは、努力して留学を勝ち取ったって。 自分たちが、就職に苦労しているのは、自業自得だって。 遊びまわっていた、ツケを払っているだけだって。 こないだの、学部内の商業施設の展示だって、ほとんど大智さんがやっていたじゃないですか。 偶然同じ大学の、同じ学部で、同級生になっただけで、東条建設に入社できるわけない事、教えてあげた方がいいですよ」 「……教えてあげるのは、親切すぎるだろ、俺そんなに優しくないから」  貫太は、大智の表情を横目で見て、諦めたようにため息をついた。 「俺なら、東条建設には入りたくありません、先輩の部下になるなんて、御免です」 大智はニッと笑って見せた。 「貫太なら、東条建設が欲しがるよ、俺と一緒に橋を架けに行こう」 「……どこに?」 「どんな場所にでも」 貫太からの返事は無かった、ただ照れたように視線を外したのが分かった。  大智はふと思い出して、貫太の恋人である律の様子を聞いてみた。 律は、理容師の専門学校に通いながら、母親の店を手伝っていて、なかなか休みが合わず、さみしい思いをしているらしい。 「なんだか、置いて行かれそうで…… 」 「貫太でも、そんなことおもうンだ」 大智は素直に驚いた。 貫太は、何処か落ち着いて大人びて見えるので、意外だった。 「どういう意味ですか? 」 貫太は少し怒りを込めて、大智を振り向いた。 「いや、もっと余裕なのかと、思っていたから」 「余裕なんて、一ミリもないです」 あまりに苦しそうにそう言うので、なんだか仲間意識が生まれてしまって、昼飯をおごってやることにした。  二人は大学近くの、安い定食屋で昼食を食べた。 「そうだ、見送りに行きたいんですけど」 貫太の本当の話はこれだったらしい。 「いいよ、気持ちだけで充分」 「お邪魔ですか? 」 「あぁ、まあねぇ……親も仕事で来ないし。 春馬さんと、最後まで、いちゃいちゃしたい」 「はっきり言いましたね…… わかりました、じゃあこれ選別です」  そう言って渡されたのは、先日の夏祭りでとった写真だった。 「すぐに見るためには、この形がいいと思って、データも送りますか? 」 「うん、頼む」  貫太は、頷いて、少し戸惑って、それでも口を開いた。 「怖くないですか? 」  大智は、貫太の表情を見て、貫太が言葉にできなかった部分をくみ取る。 恋人の春馬と、距離が離れてしまうことを言っているのだろう。 大智の質問に、恋人の律と、なかなか会えなくて寂しいと、素直に話してくれた貫太をみならって、素直に話すことにした。 「……怖いし、寂しい、でも……ずっと先まで、一緒に居るつもりだから、今は、頑張らないといけないと思う」  貫太は、驚いて暫く大智の顔をみていたが、唇を引き結んで、一つ頷いた。 「なんかあったら、俺の事も頼ってください。 春馬さんのところへも、走っていけますから」 「ありがとう、頼りにしている……昼飯、おごっておいてよかった」 「俺、安すぎません? 」 大智が豪快に笑うので、貫太もつられて、ひとしきり笑った。 食事を、終えて、店を出ると、二人は握手をして、別れた。
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