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帰国日は、両親、空知、貫太に伝えた。
予定通り日本に帰ると、空港に貫太と律君が迎えに来てくれていた。
父の会社の人も、迎えに来てくれていたが、丁寧にお礼を言って、チョコレートの土産を渡して帰ってもらった。
二年、渡英している間に、貫太は車を運転するようになっていた。
貫太が、『車で、宿泊予定のホテルまで送る』と言ってくれた、貫太と律のデートを邪魔するようで申し訳ないが、二人に甘えることにした。
「わざわざ、来てくれて、ありがとう」
大智は、二人にお礼を言った。
「どういたしまして」
貫太が、一音毎に、区切るように、そう言うのを、律はクスクスと笑いながら、見ていた。
「こんな風に言っていますけど。
昨日から、貫太すごく楽しみにしていて。
髪も切って、準備を整えていました」
律が、あっさりと、貫太がそわそわと、大智の帰国を、待っていたことをばらす。
「ちょっと! 律! シー シー 」
貫太は、子供のように、人差し指を、口に当てて律に訴えた。
そのふたりの様子が、可愛らしくて、うらやましかった。
「律君が、貫太の髪を、切っているの?
もう立派な美容師さんだね。
貫太が、カッコよく見えるよ」
大智が、貫太の髪形をほめると、律が嬉しそうにする。
「そうでしょ、大智さんも、俺に任せてくださいよ」
「じゃぁ、明日にでも、いこうかなぁ」
「はい、お待ちしています。
あッ、明日は定休日です。
仕事帰りでも、やってますから、都合のいい時にどうぞ」
三人で、駐車場に移動して、車に乗り込んだ。
運転席に貫太、助手席に律、後部座席に大智が乗った
「大智さん、今日は何処に泊まるの? 」
貫太が、エンジンを掛けながら、バックミラー越しに、大智に聞いた。
「今日は、○○ホテルだよ、そこまでおくってくれる?
そこで、ランチを一緒に食べようよ、迎えに来てくれえたお礼。
いいだろ? 」
「やったぁ、ごちそうさまでーす」
あけすけに、大智がお礼を言う。
「ちょっと、貫太」
あわてて、律がとめようとする、その二人のやり取りも、ほほえましい。
大智は『まぁまぁ』と言いながら、二人から了承を貰う。
ゆっくりと、シートにもたれて、窓の外の懐かしい景色を見る、帰ってきた実感がわいた。
大智は、留学前に、あのペントハウスを処分していた。
合鍵を、春馬にわたそうとしたが『大智がいないあの部屋にはいかない』といって受け取ってもらえなかった……
今思えば、あの時にもう、春馬は別れを決めていたのだろうか。
気に入ってはいたが、春馬があのペントハウスの入り口が、苦手だったのもあり、合鍵を断られたことを、言葉通りに受け取り、帰ってきてから二人で暮らす部屋を、見つけるつもりで手放した。
もう、あの町に居る理由も、失くしてしまった。
帰る場所もなく、今日からしばらくは、ホテル暮らしになる。
当たり障りのないことを、とめどなく話しながら、貫太の運転する車は、ホテルに着いた。
大智はチェックインをして、荷物をホテルに預けた、部屋が使えるのは、三時からということなので、その時間にまた、カギを受け取りに来る約束をして、ホテルのレストランに移動した。
ホテルには、フランス料理のレストランがあり、休日だけランチ営業していたので、そこに入ることにした。
レストランでは、ランチのコースを頼んだ、貫太は運転手なので、酒は飲めないが、大智と律はワインを飲むことにした。
「今日は、わざわざありがとう」
大智は、律のグラスに、ワインを継ぎながらそう言った。
「いいえ、大智さんが元気そうで、安心しました」
律は、愛想よくそう答えてくれるが、隣に座る貫太は、面白くなさそうな顔をしている。
「なんだよ貫太、お前も飲む? 」
貫太に、グラスを差し出しながら訊く。
「運転手ですから」
貫太は、プイっと顔をそむけた。
「泊っていけばいいでしょ。
部屋取ってあげるよ、律君も一緒にね」
そう言って、大智は片目をつぶって見せた。
その言葉に、期待を込めた目で貫太が、律を見つめる。
律は慌てて首を振って、断わる。
貫太がまた、ムスッとするので、二人の無言のやり取りが可愛らして、大智は二人を眺めた。
「貫太と、律君は、仲良しそうで、いいなぁ」
大智は、ワインをグッと飲みほした。
「俺たちは、仲良しですよ」
貫太は、律の手を握って、大智にわざと見せつける。
律が、慌てて手をほどくのに、グッと握りしめて、離さないようにしている。
しばらく二人は、無言でやり合っていたが、何の弾みか、律に逆に手を握られて、貫太は安心したのか、ゆっくりと手を離した。
それから、水を飲んで一息ついた。
「大智さん、俺、結局。
東条建設に入社しました」
貫太が、小さな声で言うので、大智も小さく頷いた。
「あぁ……空知さんから、聞いたよ。
俺も同期だから、よろしく」
「はい、同期の態度でいきますから」
大智は、なんだがひどく安心して、笑ってしまう。
貫太の、この考え方が、大智はとても気に入っているからだ。
「もちろん、そうしてくれると嬉しい」
「……大智さん」
「同期の態度は? 」
「あっ……、そこはそれで『先輩』とはいいませんから」
貫太は、朴訥にそう言う。
「そうか、そうだね」
「春馬さんに、会いたいですか? 」
貫太は、しっかりと、大智を見つめて、はっきりとそれを聞いてくる。
相変わらず、貫太は、まっすぐで、清々しい。
大智は、無意識に目を閉じた、記憶の春馬を思い出しているのだろう、ほんの少し笑った。
「会いたいよ、いますぐ会いに行きたい。
許されるなら」
大智の、素直な返事に、貫太も、律も、グッと言葉に詰まった。
下唇を噛みしめて、じっと耐えている貫太を気遣って、律が話をすすめた。
「……会うだけなら、会えると思います、でも、会うだけでイイですか?
大智さんの知っている、春馬さんと、違いますよ」
「うん、わかってる、でも……会いたい ……会いたいよ」
両手で、顔を隠した大智の姿を見て、貫太も律も言葉を失った。
言葉にできない、大智の苦悩を思い知る。
春馬が、大智の事を憶えていなくても、言葉を交わせなくても、ただ会いたい、それだけだ。
『春馬を守る』ため、大智は堪えているのだ、会いに行くことも、声を聞きたいと思う事さえも。
「俺から、空知と海人に頼んでみる、会わせてあげる」
貫太の声が震えていた。
じっと、目を開いている大智の目から、涙が落ちた。
『どうしても必要だ』と思う、その気持ちを、もう隠すことができなかった。
「ごめん、ダメだね」
大智は涙を慌てて拭いて、笑って見せた。
「ダメじゃないです」
律が、俯いて、かみしめるようにそう言った。
「全然ダメじゃない、俺だったら、きっとすぐに会いに行っている。
無茶苦茶に、自分の気持ちばっかり、押し付けてしまうと思う」
貫太も、そう言って、泣いていた。
「俺、春馬さんを許せません。
大智さんばっかり辛い思いして。
春馬さんは、全部忘れてしまって、辛さも、痛さも感じないでいられるなんて……
逃げ出したの、春馬さんなのに」
大智は手を伸ばして、そう言う貫太の頭を撫でた。
「俺の為に、泣いてくれるんだ、ありがとな貫太」
律が咳ばらいをしたので、大智は慌てて手を離し、そっと律を振り返った
「あ…… ワイン、もっと飲むかい、律君」
「はい、いただきます」
律は、にっこりと笑って見せた。
昼食を終えると、迎えに来てくれたお礼を言って大智は二人と別れた。
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