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実家に着くと、帰国してすぐに、実家に行かなかったことを、母 和咲に、怒られた。
「とりあえず、着替えは部屋にあるから着替えていらっしゃい」
和咲の言葉に、反論出来る者は、この世に存在しない。
大智も、もれなく頷いた。
大智は、今着ているスーツを、脱いで、昔使っていた部屋着に着替えた。
部屋のクローゼットには、新しいスーツが、かけられていた。
これも、あのテーラーの物で、父がそろえてくれたようだ。
シャツも、ネクタイも、靴下までそろっている。
タイミングよくドアがノックされて、返事をすると、見かけない家政婦らしき人が来て、食事の用意が出来ているというので、礼を言って部屋を出る。
ダイニングに着くと、父がもうビールを開けていた。
「大智、座りなさい。
今日の会社は、どうだった? 」
大智が席に着くと、グラスにビールが継がれた。
「お酒は、いいです。
ホテルまで、帰れなくなりますから」
「今日は泊まって行きなさいよ、ホテルには電話しておくわ」
和咲が、そう言うので、今日はホテルに戻れないなぁと悟る。
「ホテル住まい、なんかやめて。
ここに、帰ってくればいいだろう。
会社には、私と、一緒に行けばいい」
「それでなくても、季節外れの新入社員で目立っているのですから、社長と一緒に出勤なんてできません。
早急にマンションでも探します」
「隆元さん、大智にも事情があるのよ、無理強いしないで」
隆元と大智の話を聞いていた和咲が、隆元をたしなめてくれた。
「大智ったら、留学先から、全然、帰ってこないんですもの、冷たいわ」
「……ごめん、かあさん。
向こうの生活に馴染むのに、時間がかかっちゃって。
わりと、忙しくしていたンだよ」
「そんなこと言って、『好きな人』とは会っていたでしょ」
大智は、驚いて、和咲の顔を見る。
「ほら、大晦日にそんな話をしたでしょ」
「……会っていないよ、留学する前に別れたから」
和咲は驚いて口を手で覆った。
「どうして? 大智の奇跡の人だったのに……」
和咲は信じられないといった様子だった。
「フラレたんだよ」
「まぁ、ウチの大智を、フル人なんて、いるはずないわ!
こんないい男、他に、居ないわよ! 」
大智は、苦笑して、和咲をみていた。
和咲は、またプリプリ怒っていた。
この話を、聞いていても、父 隆元は何も言わなかった。
いつもなら、大智の事は、なんでも知りたがり、話しに、入って来るははずなのに……。
大智が、春馬と別れた事を、知っているようだった。
大智の中の疑惑が、確信に変わる。
やっぱり隆元は、春馬が、突然別れを、切り出した理由を、知っているに違いない。
大智は静かに、グラスに満たされたビールを飲んだ。
とても苦くて、喉の奥が痛いほどだった。
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