まだ、愛おしいだけ

4/4
前へ
/62ページ
次へ
 貫太と、大智を見送って、皆は、それぞれにログハウスの中に移動した。 『少し休憩』と言って、コーヒーをいれた。 各々、好きな場所に、座った。 熊と美桜は、ダイニングのテーブルに残り。 空知、海人、春馬はソファーの周りに集まった。 「大智君、また男前になっていたなぁ」 「そうだね、胸板厚くなっていた。 鍛えて、いるのかなぁ、留学、大変そうだったけどな」 海人と空知が、そんなことを話していると、春馬が二人を気にして、チラリと見る。 「なに? 『大智くん』春馬の好みのタイプだから、気になる? 」 海人が、したり顔で言う。 「そうそう、背が高くて、細マッチョ、目の色素が薄くて、低めの良く通る声、そして何より好青年」 空知が面白そうに、春馬をのぞき込んでくる。  春馬はその視点を避けるように、窓の外を見る。 「そうだなぁ、でもあんないい男、誰もほおっておかないだろ」 「まぁね」 「……彼女とか、いるのかなぁ」 春馬のその呟きに、空知と海人は優しく笑っていた。  空知は、楽しそうに春馬に言う 「聞いてみたら、『明日も来る』って言っていたよ」 「え? じゃあ、泊っていけばいいのに」 春馬は驚いて、立ち上がると、貫太の車が、走っていった方向を、窓辺に立って眺めた。 「そう? よかったの? 」 海人が、『意外だ』と言わんばかりに、聞き返した。 「どうして? 」 春馬は、不思議そうに、海人を見つめた。 「だって、好みのタイプでしょ、好きになっちゃうよ」 海人は、真剣な顔をしていた。 「……好きにならないよ、俺はそうゆう事、しばらくお休みだから」 春馬は、振り返って、海人と空知を見る。 「きっと彼は、その決心すら、超えてくるよ」 空知は、そう言って、その先の言葉を飲み込んだ『俺は、そう望んでいる』    夕食と入浴を終えて、明日の食事の下準備をした春馬は、自分の部屋に戻ってきた。 静かに、クローゼットを開けると、一番奥に置かれている、収納ケースをそっと開けた。  春馬の記憶は、時間とともに少しずつ戻ってきていた。 大智と恋人になった事。 隆元に、『別れて欲しい』と頼まれた事。 留学する大智に、ずるい方法で、別れを切り出した事。 あの、丸いライトに、残された大智の決意。  大智の『未来を守る』 その為に、春馬は、『記憶を失った』ふりを、続けることにした。  留学先から、大智が、帰ってこないように……  春馬が、大智を諦めるために……   春馬は、ケースの中から、丸く白いライトを大事に取り出した。 目の前に、捧げ持つと、ギュッと抱きしめた。 「大智ィ……いい男になったね。 お帰り…… 留学大変だったんだね。 よく頑張った」 小さな声でつぶやく。 左の胸の奥が、思い鉄球を、撃ち込まれたように、鈍く痛む。 今日の、大智の顔が、思い浮かぶ。 春馬と、一緒に笑う顔。  話し声が、落ち着いていて、春馬を、気遣ってくれていることが分かる。 『初めまして』といった時の、傷ついたような顔を思い出すと、胸の奥がキリキリと痛かった。 「大智ィ」 もう一度静かに呼ぶ。 『春馬さん』 繰り返し思い出す、あの低く響く声が、聞こえた気がした。 叫び出したい衝動を必死で抑える。  もう戻れない、決めたことだ。  ただ、思い知っただけ、大智を愛おしいと思う事…… また、狂おしいほどに、彼を求めてしまう事。  春馬は、小さく丸くなった。
/62ページ

最初のコメントを投稿しよう!

307人が本棚に入れています
本棚に追加