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相変わらず、寝たふり下手ですね
朝、なかなか起きてこない春馬を、空知が起こしに行った。
春馬の部屋から、帰ってきた空知は、目が合った海人に、首を振ってみせた。
「熱があるみたいだ」
美桜は、空知に体温計と張るタイプの冷却シートを手渡すと、手早くおかゆを作る準備を始めた。
「どうしたのかしら、昨日、頑張りすぎたのかも」
美桜は心配そうに春馬の部屋を見上げた。
窓の外では、風が強く吹いてきて、アッという間に、雨雲を運んだ。
灰色の分厚い雲から、こらえきれずに、降り出した雨が、ポツポツと窓ガラスを濡らした。
「……あっ、雨だ」
海人が、雨に気づいて、そう言った。
天気予報は、『一日曇り』だが『雨』は、降らないだろうと言っていたのに、完全に外れた。
急激に強さを増す雨に、熊さんは腕組みをして空を見上げた。
「だいぶ激しいなぁ」
熊さんのブドウ園は、海沿いの、崖に面していて、ここに来るまでの道は細く、険しい、未舗装の砂利道だ。
雨が降ると、ぬかるんで、スリップしたり、タイヤがハマることがある。
「今日の収穫は、中止だ。
海人、急いで、貫太に連絡してくれ」
「了解」
そのまま海人は、貫太に連絡を入れた。
ログハウスの、真ん中にあるリビングでの会話は、少し耳をすますと、家中のどこからでも聞こえる。
熊さんの言葉を聞いて、空知が、春馬の顔を覗き込む。
「だって、聞こえた? 」
春馬は冷却シートをおでこに貼られ、体温計をわきに挟んで寝かされているので、のぞき込んだ空知を見上げる。
「残念だったね」
「なにが? 」
「好みのタイプの、大智君が、今日は、来ないって」
「……俺なんて、相手にされないよ」
「へぇ、弱気だねぇ」
春馬は、空知を睨みつけて、ただ黙った。
体温計がなって、春馬はそれを確認して、空知にわたすと、布団を頭の上まで引き上げた。
体温計を受け取った空知が、確認する。
「……本当に熱ある、ちゃんと寝ておけよ。
今、美桜さんが、おかゆ作ってくれているから。
…… 後で持ってくる」
「『ありがとうございます』って美桜さんに伝えて」
「わかったぁ」
体温計を持って、空知は部屋を出て行った。
日曜日、貫太から『雨が、降っているので、今日の、ブドウ園での手伝いは、無くなりました。のんびり、寝てください』という連絡が入ったのは、シャワーを浴び終えて、万事準備が整った後だった。
大智は窓辺に立って、海の方向を見る。
熊さんのブドウ園の方は、暗い雲が立ち込めているのだろうか。
大智のホテルのあたりは、薄雲があるものの、雨が降り出しそうではなかった。
大智はため息をついて、カーテンを閉め直した。
そろそろ、不動産屋にでも行って、部屋を借りる算段をしなくては……。
記憶を、取り戻した春馬と、一緒に住む部屋を、二人で探すなんて。
夢の、また夢の、話なのだから。
諦めて、覚悟を決めて。
知らずに、天井を見つめてしまう。
諦められない……
恋人と居た時間。
恋人と果たすはずだった約束。
「春馬さん」
弱々しく独り言を言ってしまう、左の胸がズキンと痛んだ。
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