相変わらず、寝たふり下手ですね

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 大智は、仕事を着実に覚え、確実にスキルをあげた。 淡々と、日々を過ごした、静かに、見極めながら、とび出す瞬間を、狙っていた。  ある日の朝、大智は、内田に連れられて、社長室に来ていた。 「おはようございます、社長」 大智は、隆元に向かって挨拶をする。 「あぁ」 隆元がそう言うと、内田は、静かに社長室を出て行った。 「近々、アフリカで、橋を架ける仕事に赴任する者の、募集が始まる」 唐突に隆元が話し始めた。 「はい」 「経験や、年齢は問わない、やる気のある者を多く、赴任させたい。 現地では、好待遇、日本に帰ってきてからの、出世も期待していい。 橋の建設を、求めているのは、地域住人だ。 その橋があれば、子供たちが、安全に学校に行けるし、町に行くのにも、必要らしい。 どうだい、行ってみないか? 」 隆元は、期待を持った目で、大智を見る。  隆元のその顔を見ながら、大智は考えていた。 隆元は、大智の恋人が、春馬だということを、知っている。 大智がいないときを選んで、あのヨットハーバーのレストランに行き、 春馬に、大智と別れるように迫った。 隆元に迫られて、春馬は、大智と別れることを決めて、実行した。  今も、この申し出は、隆元が、大智が春馬に会うために、熊さんのブドウ園に、足しげく通っていることを知り、大智と春馬を、これ以上、合わせないようにするためだろう。  大智の行動を、逐一詳細に調べ、隆元に伝えているのは、誰だろう……  そう言えば、内田はいつも、タイミングよく現れる…… と、ぼんやりと考えた。 「はい、是非行かせてください」 大智は、力強く頷いた。 「そうか早速、人事に話しておこう」 隆元は、上機嫌だ。 「はい、お願いします。 それから…… 父さん。 先に言っておきます。 貴方が、どんなに、物理的に、俺とあの人を隔てていたとしても、俺の心は変わりません。 あの人を、追い求め続けます。 何度でも、証明して見せます。 俺は、阿見春馬を諦めません」 そう言うと、大智は踵を返して、社長室から出て行った。 振り向いて、隆元の顔を、見ることはなかった。 怒りと、興奮で、目の奥が赤く染まる気がした。  何度試されても、何度くじかれても。 これだけは、引くわけにはいかない。 諦めるわけにはいかないのだ。   諦められないから。  東条建設が、アフリカの山奥に、橋を架ける事業は、大きなポスターで社内に掲示された。 あまりに不便な場所、皆、赴任したがらないだろう。 そこで、やる気のある社員を、広く募集した。  就業年月、資格などは一切問わず、若手社員でも、赴任できる…… という事だった。  表立って告知はされないが、赴任すれば、赴任期間の優待、帰国後の出世が約束されているものだ。    その募集広告の前で、貫太はじっと、そのポスターを、睨みつけていた。  『橋を架ける』それが、貫太の夢で目標だ。 この事業では、橋の構想から携わり、現場を監督するための、赴任が求められる。 赴任期間は、短くて三年、長くなれば八年と、言われている。 「興味ある? 」 後ろから、そう声を掛けられて、振り向くと、大智が立っていた。 「昔、大智さんが言ってた『どこにでも、橋を掛けに行こう』って」 「そう、その橋はさ、子供たちが渡る」 「子供たち? 」 「学校に、安全に行くための橋。 今は、遠くて学校にいけないらしい…… 世界にはまだ、そんな場所があるンだよ。 俺は行く」 大智の、決心した横顔を、貫太は黙って見ていた。 「いいんですか? 」 貫太の、飾りのないその質問に、大智は、悲しい顔で、少しだけ笑った。 「あぁ、もう決めた。 俺のやりたかったことだし……  後悔は、少ない方がいいって、最近教えてもらったばかりだしな」 「……そうですか」 「貫太は、ちゃんとパートナーと、相談して決めろよ」 そう言うと、大智は、軽い足取りで、行ってしまった。  大智の後ろ姿を見送って、貫太は大きくため息を着いた。 「ずるいよなぁ~」 貫太は、大きめの独り言を言うと、ばりばりと頭をかいた。
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