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アフリカ行きが迫った日曜日も、大智は、熊さんのブドウ園に来ていた。
剪定を終えた、ぶどうの枝を、ひとまとめにして、細かく裁断し、土に混ぜる、そうして栄養豊富な土を作っていく。
ひと段落つくと、一緒に作業をしていた、熊さんに言われて、大智は、一足先に、ログハウスに帰ってきた。
午前中の作業で、疲れたのか、ログハウスのテーブルに、春馬が、突っ伏して寝ていた。
大智は、春馬の隣の椅子を引くと、そこに座った。
春馬は、自分の腕を、枕代わりにして、気持ちよさそうに、眠っている。
自然に吸い込まれるように、その顔を眺める。
大智は、我慢できずに、その丸い頭を撫でる。
いつの間にか、短くなった髪の中に、指を入れる、可愛らしくて、無意識に何度も撫でていた。
「春馬さん、俺、貴方が好きです。
貴方が、あんな風に『別れる』といった理由を、ずっと考えていました。
貴方と、別れたその日から、ずっと、ずっと考えた。
何が、足りなかったのだろう。
どうして、信じてもらえなかったのだろう。
貴方は、傷つけてしまった……
でも、一番の理由は、そうじゃなかったんですね。
父さんに…… 東条隆元に、何をいわれたンですか?
まぁ、想像はつきます。
『俺の為に』とか、勝手なことを言われたンじゃないですか?
春馬さん、俺の家族の事は、俺が何とかします。
だから、貴方はもう、そのことを気にしなくていいです」
大智は一つ大きく息を吐いて、眠っているはずの春馬の、涙が浮かんだ目尻を、優しく撫でた。
「貴方に、決めて欲しい事は、一つだけ。
『俺と一緒に生きる』か、『俺のいない人生を生きる』か……
選んで下さい」
大智は静かに、春馬の顔を眺めていた。
「春馬さん、俺。
アフリカに行きます。
赤い大地と、暑い日差しと、乾いた風しか吹いていない、辺鄙な場所です。
そこで橋を架けます、地図に残る仕事です。
春馬さん、答えは、アフリカで聞きます。
気持ちが決まったら、アフリカに、俺を追いかけてきてください。
一年待ちます、一年たっても、貴方が来なかったら、それが貴方の答えだと思う事にします。
これが最後のチャンスですよ」
春馬は、目を開けることが、できなかった。
優しく大きな大智の手が、頭を撫でる。
「春馬さん、相変わらず、寝たふりが、下手ですね」
大智は、頭を撫でていた手をゆっくりと引いて、最後に優しく頬をなぞって、手を離した。
大智は、そのまま立ち上がると、ログハウスから出て行った。
「んーふェ…… 」
ドアの閉まる音を聞いた春馬は、ぽろぽろと泣いた。
目を開けることはできなかった。
大智の出て行ったドアを見たくなかった。
机に突っ伏した、その体制のまま、声をあげて泣いた。
涙を止めようと、息をのむたびにことごとく失敗し、くぐもったおかしな音が、喉の奥から零れ落ちた。
その年の大晦日に、大智はアフリカへ飛び立った。
翌年の春に、貫太も、同じアフリカへ赴任していった。
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