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静かな部屋に、突然。
けたたましく、電話の音が鳴った。
春馬のスマホではなく、ブドウ園の電話だ。
小さく丸まっていた春馬は、驚いて立ち上がり、電話にでる。
「もしもし、熊谷ブドウ園です」
「もしもし…… 桂川です」
電話の相手は、桂川律 貫太の恋人からだった、電話の声は動揺して震えていた。
「律君? どうしたの? 」
「春馬さん? 」
「うん、そうだよ」
「おねがいです、俺と一緒にアフリカに行ってください」
「え? 」
「貫太が…… 貫太が!」
律は声を詰まらせ、言葉を失ってしまった。
かなり動揺しているようで、続きを話すのも難しそうだ。
その時、春馬のスマホが鳴りだした。
スマホの画面を見ると、空知からの通話だった。
「律君、空知から電話だ、しばらくこのまま待てる? 」
「……はい」
「ごめんね」
春馬は、電話を繋げたまま、スマホをタップした
「もしもし春馬! 大智君が工事現場の事故に巻き込まれた」
「え? 」
スマホを握っていた手の力が抜ける。
滑り落ちそうになる、それを、何とか両手でおさえる。
「どういうこと? 」
「現場で、土砂崩れがあって、貫太と一緒に、巻き込まれたらしい。
貫太の緊急連絡先がウチになっていて。
さっき会社から連絡がきた。
律君には、波千から、連絡してもらったけど。
すごく動揺してしまっているらしいから、直接、律君の家に向かっているところだ。
貫太と、大智君の状態が、どれほどかわからないけど、ただ事じゃないのは確かだ。
律君は、すぐにアフリカに行くと思う。
春馬、律君を、連れて行ってやって欲しい。
直通便がなくて、どこかで乗り換えないといけない。
お前なら、多少慣れているだろ、律君を連れて行ってあげて。
それに、大智君の様子は、全く分からない。
現地に行って確認しろ!
すぐに行け!
俺が、航空券は手配しておく。
お前は、荷造りして待ってろ!
海人が迎えに行く」
空知からの情報が多くて、上手く理解できない。
それでも『わかった』と返事をして、スマホをきった。
待機状態になっている電話をもちなおす。
「もしもし、律君? 」
「はい」
「事情は、空知から聞いた。
俺も一緒に行くから。
荷造りして、パスポートを準備して待っていて。
海人と迎えに行くから」
「はい……
春馬さん、貫太、大丈夫ですよね。
俺、貫太に会えますよね」
律の弱々しい声に、胸がキリキリと痛んだ。
「会える、会えるよ、必ず会える」
「……はい」
「律君、大丈夫?
直に波千がそこに着くと思うけど、家に誰かいる? 」
「あっ、弟が……」
「ごめんちょっと、弟さんと話せる? 」
「はい」
電話の向こうが、バタバタと動き出して、律とは違う人の声がした
「もしもし、弟の要です」
「もしもし要君、俺は阿見春馬といいます。
事情は、わかるかなぁ? 」
要は少し戸惑って、近くにいるだろう律を、気にしながら答えている。
「すみません、律は真っ青な顔をしていて、説明できない状態です。何が起きているのかわかりません」
「そう……だよね、俺から、説明します。
実は貫太が、事故に遭ったようだ。
どんな状況か、どんなケガか、今は混乱していて、事態が把握しきれていません。
でもお兄さんを、貫太の所に、アフリカに、連れて行きます。
連れて行っても、いいですか? 」
「……はい、よろしくお願いします」
思ったより、強い意思を持った返事が返ってきた。
「俺が、責任をもって、連れて行きます。
もうすぐ、波千が行くと思いますが。
俺が、車で迎えに行きます。
荷造りをしてください、パスポートはありますか? 」
「はい、あります、荷物も用意しておきます」
電話を切ると、春馬は、熊さんと美桜さんに、事情を話した。
二人とも、すぐに行くように言ってくれた。
自室に戻ると、大切な荷物をバックに詰めた、パスポートを準備して……
春馬は、とても動揺していた。
頭がうまく動かず、荷造りがはかどらない。
(……事故って、どんな事故?)
(どのくらいの被害があったの? 怪我は? まさか……)
頭の中が白く霞んでいく、血がのぼってうまく考えられない。
春馬は、スーツケースを取り出そうとして、手が震えていることに気が付いた。
スーツケースの留め金さえ、上手く開けられない。
気持ちは焦るのに、なかなか進まない。
必要なモノの、優先順位を考える。
パスポートと、財布を、いつも使っているデイバックに、突っ込んだ。
…… これさえあれば。
後は、大事なモノから、入れよう。
春馬は、一生懸命、自分を奮い立たせていた。
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