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「春馬大丈夫か? 」
熊さんと、美桜さんが心配そうに春馬の部屋を覗いた。
部屋に入ってきた熊さんは、強く春馬の肩を掴んだ。
「大丈夫、きっと会える」
「……はい」
「やはり、記憶はもどっていたね」
熊さんにそう言われて、春馬ははたと動きを止めた。
「あ……」
「攻めているわけではないよ、春馬の決心がつくまで、見守るつもりだった」
「……すみません、ご厚意に甘えてばかりで」
「甘えてくれて嬉しかった、春馬が甘えてくれている間は、春馬の親のつもりでいられるからね」
「……熊さん」
「春馬、甘えて良いよ、甘えられる人がいるなら、甘えて良い。
いいかい、良く聞きなさい。
今、君にとって一番大切なものがわかっただろう、それは、人生で何度も出会えるものじゃない、だから大切にしないといけないよ」
「……はい」
春馬の声は震えて、鼻の奥がツンとした。
「大切なものは、両手で持ちなさい、絶対に離してはいけないよ。
俺は、春馬の幸せを願っている。
春馬の幸せに、この決断はとても大切だ、絶対に諦めてはいけない、誰かを幸せにしようと思ったら、まず、自分が幸せに成らなくてはいけないんだ、いいね」
「……はい」
「彼と一緒なら、大丈夫だよ、幸せに成れる、二人で居でば大丈夫」
春馬はもう返事ができずに、ただ頷いた。
静かに笑った熊さんは、大きな手で春馬の頭をワシワシ撫でた。
隣で見守っていた美桜も、春馬の背中を優しく撫でた。
熊さんは、オフロード仕様のジープで、春馬と荷物を、砂利道の先の国道まで連れて行ってくれた
「大智君も貫太もきっと大丈夫だ、しっかりな」
そう言って、国道にやってきた海人の車に乗り込んだ春馬を見送ってくれた。
海人の車は静かに走り出した。
「海人」
「ん? 」
「俺、結構前に記憶戻ってた」
「うん、そうだろうと思ってた」
「ごめんな」
海人は黙ったまま、前を向いてただ頷いた。
「海人…… 遅くないよね、きっと間に合うよね」
「あぁ、間に合うよ」
「海人…… 」
「間に合う」
海人は力強くそう言った。
何の根拠もないのに、分けもなく海人を信じる。
その言葉を。
海人と春馬は、律の家に急いだ。
律の家に着くと、慌てた様子の、律の母親が出てきて、海人と春馬に頭を下げた、海人と春馬も慌てて頭を下げる。
要が、律を抱えるようにして歩いてきた、その後ろから、波千が荷物を持ってやってきた。
律は青白い顔をしていて、見ているだけで痛々しい。
海人が、荷物を貰いトランクにしまう、春馬は、律の手をとって、車に乗せた。
それから、律の母親と、要に、頭を下げる
「俺は阿見春馬です。
律君をアフリカまで責任を持って連れて行きます。
心配しないでください」
「兄をよろしくお願いします、今……ショックを受けていて、まともな反応もあまりありません、一人だと心もとないので、一緒に連れて行ってもらえて、本当心強いです、ありがとうございます」
春馬は、要の顔をみて、しっかりと頷いた。
空港に着くと、そこで先に来ていた空知と合流した。
空知が、チケットを渡してくれた。
「大丈夫か? 」
空知にそう言われて、春馬が頷いた。
「空知、俺…… 」
「大丈夫、間に合うよ。
大智君に、怒られてこい」
「うん」
その後は、もう何も言えなかった。
空知に力いっぱい背中を叩かれて、春馬は、空知と海人に礼を言って、律を連れて、二人で航空会社のカウンターでチェックインを済ませる。
海人と空知に見送られて、保安検査場にすすんだ。
春馬は、律を搭乗ロビーの椅子に座らせる。
「……春馬さん」
「ん? 」
「貫太、大丈夫ですよね、俺……貫太に会えますよね」
「もちろんだよ、必ず会える。貫太に、なんて言うか考えておいたらいいよ。
怒ってやればいい」
「……怒って、いいですか? 」
「勿論だよ、沢山、怒ると良い」
「はい」
律は、見ているこちらがつらくなるような、白い顔で、じっと自分の手を見ていた。
飛行機の出発時間が迫り、搭乗ゲートが開いた、春馬は、律の手を引いて、ゲートで、航空券を提示する。
飛行機の座席に着くと、律は、また外を見ていた。
春馬は、機内に持ち込んだ荷物を、頭上にある収納ボックスに入れた。
キャビンアテンダントが、律の顔色を見かねて、ブランケットを貸してくれた。
春馬は、甲斐甲斐しく、律の世話をやいた、シートベルトを装着させて、ブランケットで肩まですっぽりと包んだ。
それほどまでに、律は憔悴しきっていた。
不安に押しつぶされそうな律は、ぐったりとしているのに、眠ることもできないようだ。
飛行機の乗り換えはカタール。
カタール空港で、ヨハネスブルク行の飛行機に乗り換える。
予定では、八時間五十五分の長旅だ、多分もう少し時間はかかるだろう。
飛行機に乗ってしまえば、外界との連絡も取れず、到着地に着くまでは何もできない。
律は、無理に目を瞑った、しばらくそうしていると、自然と睡魔に引きずられて眠った。
やっと眠った律に、春馬は一息ついた。
律の顔をしばらく眺めていた春馬は、天井を見上げた。
不安しかなかった、このまま、大智に会うことが、許されるのだろうか……
熊さんに言われた言葉を思い出す。
「誰かを幸せにするためには、まず自分が幸せに成らないといけない」
まだ、幸せに間に合うだろうか……。
静かに、耳を澄ます、周りにではなく、自分の中に、あの時計の音を探す、カウントダウンの時計の音。
音は聞こえなかった、あの時計は廻っていない、大丈夫、この先は絶望ではないはずだ。
大丈夫、大丈夫、大丈夫、必死で自分に言い聞かせていた。
飛行機は予定より二時間遅れて、ヨハネスブルグに着いた。
預けていた荷物を、ピックアップして、タクシー乗り場に向かう。
タクシー乗り場に車は無かった。
春馬は、乗り合いタクシー乗り場に移動して、空知から教えてもらった病院の名前を言って、近くまで行く乗り合いタクシーを教えてもらった。
その乗り合いタクシーは、乗る人の人数がいっぱいになったら出発するというもので、時間は決まっていない。
すでに数人が、乗り合いタクシーに乗っていた。
春馬は、乗り合いタクシーの運転手と、すでに乗っている人々に、定員分のタクシー代をすべて出すので、すぐに車を出してほしいとお願いした。
すでに乗っていた人は、タクシー代を払わなくてよくなったうえに、すぐに出発できるので大歓迎だと喜ばれ、運転手も異論はないようなので、すぐに車を出してくれた。
貫太の入院している病院は、富裕層向けの病院らしく、外観も美しく、病院のロビーに、インフォメーションカウンターがあった。
そこでパスポートの提示をして、身分を確認された。
律の顔色がますます蒼くなってきたので、春馬は多めのチップを払い、病院スタッフに、貫太の病室まで、案内してもらうことにした。
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