左耳に囁く理由

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 車は、迷いなくホテルのエントランスに入っていった。 春馬は、大智に連れられて、車を降りる。  ドアマンが、扉を開けて大智を通した。 フロントスタッフが、大智に駆け寄ると、鍵を手渡した。 大智は、そのままフロントマンに、何やら耳打ちすると、多めのチップを彼に握らせた。  それから、春馬をエスコートして、先ほどのドアマンが先回りしてボタンを押しておいたエレベーターに乗り込んだ。 「ホテルマンの対応すごいね」 「あぁ…… まあそうですね」 そう言いながら、大智は春馬の腰に手をまわす。  エレベーターは、当然のように、最上階に止まった。 大智は、春馬の腰を抱いたまま、エレベーターを降り。 真っ直ぐな廊下を、一番奥まで進む。 わたされた鍵で、部屋のドアをあけた。  大智は、部屋に入ると、春馬の腕をグッと、引き寄せた。 ドアが閉まるのを、待ちきれないような、キスが降ってきた。 扉近くの、壁に押し付けられて、角度を変えて、何度も繰り返される。  確かめるように、繰り返されるキスが、下唇を甘くかまれるキスにかわる。 キスの合間に、春馬は、大智の背中を掻き抱く。 大智も、春馬を確かめるように、撫でまわす。 少しの間、見つめ会い、また引き寄せられるようにキスを繰り返した。    求められる高揚感に、胸の奥がギュッと締め付けられて、涙がこぼれた。 その涙さえも吸い取られて、目を開ける。    夢を見ているのかもしれない…… そう思って、相手を求めるように、名前を呼ぼうと、唇を薄く開くが、それもまたキスでふさがれる。 立っていられないほど、感じ入る。    大智の髪を混ぜて、顔の輪郭を確かめていると、大きな絆創膏に触れる。 失くしていたかもしれない、恐怖を感じて、また涙が落ちる。    ふいに、扉がノックされて、春馬は飛び上がる。 その様子に、大智が面白そうに目を細めて、部屋の中のソファを指さすので、春馬は慌ててそこに座った。    大智は、小さくドアを開けて、何かを受け取った。 すぐに扉を閉めて、春馬の座っている、ソファに腰を下ろした。 「なに? 」 「このホテルの一階に薬局がありまして…… そこで買ってきてもらいました」 そう言いながら、手渡された紙袋を、覗くと、派手な色の箱と、見慣れたボトルが入っていた。  春馬は、慌てて袋を閉じる。 「こっ、コレ! 」  大智は、その春馬の様子に、クツクツと笑う。 「とりあえず、春馬さんが、俺のいい人だって、わかったでしょうね。 あのホテルマンには、俺たちの関係も、これから何をするのかも、わかったはずです」 「え! ちょっ! ちょっと!」 「この人が、俺のだって、わかってもらえたと思います」  それを聞いて、慌てて立ち上がった春馬の手を、大智は素早く掴む。 「いいじゃないですか、どうせ、隠すつもりはないンです」 「だけど、そんな風に、アピールしなくてもいいだろ」 「……美人の恋人を、持つと苦労するンです。 いつも、誰かに、狙われるンじゃないかと、ハラハラしてるンです」 「俺を、狙う人、なんていないけど。 その気持ちは、わかる。 男前の恋人と、待ち合わせる度に、近くにいる女性の、ヒソヒソ声が、やけに聞こえて来て、嫌な感じがするアレだろ…… 」  大智は、複雑な顔をして、春馬を、力強く引き寄せた。 その勢いのまま、春馬は、大智の上に、倒れ込んだ 「全く、春馬さんは、いつもそうなンだから」  大智は、小さくため息を着いて、もう一度、春馬を腕の中に閉じ込めると、キスを再開した。  くるりと、お互いの身体の位置を、入れ替えて、大智は、春馬を組み敷いた。  乱れた服の間から、手を入れて、久しぶりの、春馬の手触りを楽しむ。 「だいちィ……」 柔らかく名前を呼ばれて、その目を見つめる。 「何ですか? お腹すいた? 」 「……うん、早く食べられたい」 顔を赤くして、恥ずかしそうに、そんなことをいうので、堪らなくなって、大智の動きが止まった。  その様子を見上げながら、春馬が続ける。 「だから、ココじゃなくてベッドがいい……コレ」  春馬は、ソファの下に転がった、先ほどの紙袋を指さした。 「使うだろ」  大智は、ただ春馬を見つめた。 聞きたい事や、聞かなければいけないことが、山ほどあるのに、頭の中は、何もかもを押しのけて、ただ一つの欲望に、支配される。  紙袋を拾い上げて、春馬に持たせると、大智は、春馬を、抱え上げた。  以前より軽くなったと思う。 病的に、痩せてしまった、その身体を抱え上げると、続き部屋にあるベッドまで運ぶ。 春馬は、大智の首に手をまわして、落ちないようにしがみついた。 寝室に入ると、春馬が、扉を閉めたがるので、少しかがんで、扉を、閉めてもらう。  広いベッドに、春馬を寝かせると、ダウンライトの黄色い灯の中で、春馬が白く光っているようだった。  その宝物を、目で堪能していると、春馬は、恥ずかしそうに、もぞもぞと動き出す。 「どうしたの? 」 春馬と指を絡めて、その手を繋ぎとめる。 「もう、逃がさないよ」 またキスを繰り返し、春馬の表情がとろりとなったところで、大智はいったん起き上がって、自分の着ている物を脱ぎ捨てた。  ベッドに寝かされた状態で、それを見ていた春馬は、その体に見とれる。 見とれて、ごくりと生唾を飲み込んだ、 そこで大智と目が合って、見とれていたことに、恥ずかしくなって目を逸らす。 「もっと見ていて」 「えっ、いや、あっ……」 キョロキョロと、視線をさ迷わせる、春馬の様子を、大智は観察していた。 「春馬さん、もしかして緊張してる? 」 図星をさされて、余計に慌てて、子供っぽい素直さで、手をぶんぶんと振る。  したり顔で、ニコニコと笑っている大智をみて、もうどうにもならないと思い直して、こくりと頷く。  大智は静かに、春馬を観察しながら、頬を撫でる。 顎をつまんで、少し上を向けさせると、またキスを繰り返す、甘く繰り返されるその行為の合間に、熱い吐息が落ちる。  春馬が、薄く口を開くタイミングを逃さず、舌を差し入れる。 春馬の舌を、追いかけて、絡める、上あごの内側も余すことなく味わう。 飲み込めなかった唾液が、春馬の顎から、首筋を伝う。    キスを繰り返す間に、春馬のシャツを脱がせると、ベッドの下に捨てる、ガチャガチャと、音を立てて、ベルトを外すと、遠慮なしに、ズボンを脱がせる、春馬も腰を浮かせて、協力してくれる。  ボクサーパンツの前が、硬く熱をもって主張しているので、ヤワヤワと手のひらで可愛がる。 春馬は、股を摺り寄せて、もじもじと動く。 恥ずかしがって、赤くなる顔を見ながら、形を確認する、そのまま中に、手を突っ込んで、じかに触る。 硬く、芯を持ち始めた、それに安心して、パンツもはぎ取る。 ポイと、ベッドの下に投げると、手を、春馬の両側について、見下ろす。 「だいちぃ」 甘えるように、とがめるように、春馬がその名前を呼ぶ。  大智は、春馬の顔を、もう一度正面から、見下ろす。 春馬は、大智を見上げて、手を伸ばして、その頬を包む。  伝えたいことがある。 「だいちぃ、好きだよ、大好き」 ただ、それを伝えたかっただけなのに、胸がいっぱいになって、涙があふれてしまう。  大智は、身をかがめて、春馬の左耳にささやく。 「俺も、愛してる。 春馬…… 」  大智の、低くよく通る声が、左耳から聞こえる、頭の中がしびれて、ジンジンと、目の前まで赤く染まっていく。   「だいちぃ、俺でいい? 何にも……持ってないよ」 「春馬さんは、沢山持っています。 俺にないものを、沢山。 だから、あなたと…… 春馬さんと居たい。 そばに居たい。 ずっと一緒に居て」 「居ていいの?」 「居てくれないと、困ります」 「……じゃあ、居る。 大智が、もう要らないって、言っても、居るから」 春馬が、精いっぱい、強がって笑うので、大智は、体の芯をギュッとつかまれて、たまらなくなる。  涙の跡の、残る頬を撫でる。 春馬の胸に、頭を乗せて、じっと心音を聞く。 縋り付く様に、春馬の身体を抱きしめる。 春馬は、大智の頭をよしよしと撫でた。   「春馬さん」 「ん? 」 「温かい」 「うん、大智…… 怪我大丈夫? 痛くない? 」 「うん」 「耳、聞こえる? 」 「うん、春馬さんの声なら、聞こえる…… 」 何気なく答えて、ハタと違和感に気が付く。 「聞こえないの知ってたの? 」 「貫太が、教えてくれた……  それで、逃げ遅れたって」 「そう……  聞こえなくなっていた。 春馬さんと別れた、あの日から、すこしづつ聞きずらくなって。 最近は、全く聞こえなかった。 病院に、行っても、原因がわからないっていわれて…… でも、わかったよ、きっと俺にはわかってた。 春馬さんの声しか、聴きたくなかったから、春馬さんの声を、忘れたくなかったから、それ以外聞こえなくなったんだ。 春馬さんの声は、いつも左耳から聞こえる『離さないで』も『好きだ』も『愛してる』も、全部」 切ない声で、泣きそうな顔で、その時を思い出している大智が、とても愛しくて、抱きしめる。  春馬は、体を起こして、大智と自分の身体の位置を入れ替える。  大智を上から見下ろして、体の上に乗る、 そうしておいて、手で耳を塞ぐ。 唇を近づける、ゆっくりとキスをする、チュッ チュッ と可愛らしいリップ音をさせて、何度も繰り返す、角度を変えて何度も。  酸素を求めて、大智の唇が、薄く開くのを見計らって、舌で舐める。  その意図を、正確に理解して、大智が口を開ける、舌を差し入れて、絡ませるキスをする。  舐られて、絡みとられて、キスを繰り返す、その水音が、口の中で木霊して、耳を塞がれている大智の、頭の中で響いた。  キスに酔いしれるように、目を瞑る、視覚がなくなると、余計に水音がこだましてくる。 「はぁッ……」 溜まらずに声が漏れる。 「……一緒にいよう」 キスの合間に、ささやかれた春馬の声が、耳からではなく、胸のずっと奥で聞こえた気がした。 目を開けると、視界場ぼやけていて、泣いているのだと気が付いた。  名残惜しく、唇が離れて、耳を塞いでいた手が、離される。 「俺が、大智を幸せにする、ずっとそばに居て」 見上げた先で、春馬が、泣き笑いしていた。  大智は、プロポーズは、自分からしようと決めていたのに、先をこされてしまったなぁと、働かない頭で考えた。 「……俺が、言いたかったのに」  大智のボヤキを聞いて、身体の上に跨ったまま、裸の春馬が男前に笑った。 「ビシッと決めて、両手いっぱいのバラの花を用意するつもりだったのに」 春馬の男前すぎる笑顔が悔しくて、大智は駄々をこねるように言い募る。 「いいだろ、何にも持ってない、俺からのプロポーズ」 春馬は手を広げて、何もないどころか、何も着ていないアピールをする。 「どうする?」 いたずらな顔で、大智の顔を覗き込む 『どうする? 』って答えなんか一つしかないのに。 「ずっとそばに居る、幸せにして♡」 しおらしくそう言いながら、腹筋を使って起き上がる、大智の上に、載っていた春馬を、ものともせずに上半身をあげると、春馬は大智の首に手をまわして、落っこちてしまわないように、抱き着いた。 「幸せになろうな、大智ィ」 大智は、ぐりぐりと春馬の胸に頭を摺り寄せる。 犬のような可愛らしい仕草に、その頭をギュッと抱きしめる。 「続きしよ♡」 春馬のその誘いに、大智がくすくすと笑った。  仔犬が、じゃれ合うように、二人は大きなベッドの上に、転がった。 お互いの身体を、まさぐり合って、撫でて抱きしめる。 相手の形と息遣いを確かめ合う。  お互いが居れば、それだけで、もう十分。
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