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遠回り
なぜあのときキミに好きだと言えなかったのだろうかいつもいつも
ボクはずっとずっとそれを後悔していた本当は
小学生のとき席替えで隣りになったキミが得意げに言ったのを今も覚えている
ねえ知ってる?虹は七色なんだけどね、みんな六つしか持ってないの、もうひとつはね本当に結ばれる人が持ってるんだよ
なぜかその他のキミの記憶がないんだがそれだけはなぜかずっと覚えていた
美しい黒髪のポニーテール、赤いタイの冬服のセーラー服に三つ折りソックス
中学時代に友達から頼まれキミへの告白の代行をしたときキミは突然泣き出しボクを思い切りひっぱたいて走り去ってしまった「バカ」とひと言だけ残し
それから数年、大学生の頃ガソリンスタンドでアルバイトしていた頃たまたま給油に来たキミと再会した
赤い可愛らしい軽自動車に乗ってきたキミはそれから用がなくとも頻繁にスタンドへ寄るようになり一回り大きな、やはり赤いクルマが欲しいと言ったものだからボクはすぐにディーラーへひとりで行きそのクルマのカタログをもらってきて満面得意に渡したボクにそのカタログを投げつけ走り去ったキミはやはりそのときも泣いていた
「バカ」
とひと言だけ残しまるであの日のように
いつもキミと疎遠になるときにはキミは泣いていた
その意味をボクはずっと知らずにいた
いや本当は薄らと知っていたが気づかぬ振りをしていたのだ
小学校から中学までずっと同級生
いい関係が壊れてしまうことが怖かった
そしてキミと疎遠になるときにはいつも遠くに虹が見えていた
しかしその虹はどこか不自然であり不安定でもあったがそれが具体的にどうおかしいのかはあのときのボクには解らなかった
キミは美しく物憂げで頭がよく、万が一にもボクを好きかもしれぬなどという自惚れの持てるような人ではなかった
ボクの中でキミは幼なじみの仮面をつけた高嶺の花であった
やがてボクはキミのことはほんの少しだけ胸の奥に遺したままキミの全く知らない他の誰かと結婚しやがて離婚した
ひとり暮らしのスーパー通いをするうち偶然キミと再会してしまった、いやそれは必然だった
夕方の混み合うスーパーで見つめあったままボクらは動けずじっと対峙するかのようにここだけまるで時間が止まってしまったかのようだった
やがてボロボロと大粒の涙を流したキミが先に口を開いた
「どうしていつもいつも好きって言ってくれなかったの?知ってたんでしょ私の気持ち、ねえ女の私から言わせたいの?」
ずいぶん遠回りをしたものだ
何十年もの貴重な時間を無駄にしてきたのだ
なぜならそのとき既にボクはガンに侵されていたのだ
だからやっと巡り合わせられた幸せな時間はあっという間に過ぎてしまった
いつでも楽しい時間は足早に過ぎてゆくものまるで秋の日の日暮れのように
やがて薄れゆく意識の中キミの手の温もりさえ薄れゆきキミの泣く声も遠くへ消えそうになる
無造作に事務的にさえ思える医師や看護師の慌ただしい気配の中キミの泣き声だけは否応なしにボクの耳元に届いていたがとうとうそれすら聞こえなくなる最期に聞いた泣き声のキミの言葉はやはり
バカ
そのひと言だった
やはりキミと離れるときにはキミが泣くのだね
大バカ野郎さボクは世界イチの
ボクはキミにちゃんと好きだと言っただろうか
すぐ目の前にある七色の虹をわざわざ六色しかない人生にし遠回りしたボクは最期だけはみゆきという唯一無二の色を手に入れやっと七色にできた虹の橋を渡るのだ
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