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「お父さん」
「パパ」
綺麗に撮れたね。
最高だね。
僕は、頷いた。
「ミサとなら何でも最高」
「うん、そうだね」
「デコるかい❓」
「うん」
ミサは、めちゃくちゃにデコった。
思えば、ミサとプリクラは久しぶりだ。小さい時は、よく一緒に撮ったのだが、物心ついた時から、なかなか撮ってくれない。いつも、頼み込んで撮っている。
ミサが大きくなった時、一枚でも、手元に置いていて欲しい。そう思うよ。
今のプリクラはすごい。勝手に目が大きくなる。気持ち悪いくらいに。僕は元々目が大きいから、宇宙人の様になった。ミサも、もちろん目が大きい。
ミサとは、毎日の様に外食をした。コンビニにも毎日行った。ココスや、びっくりドンキー。ミサはとにかくグルメだ。毎回違うものを頼んでは、とびっきりの笑顔を見せた。
特に焼肉、お寿司が好きだった。
ミサが小学校に入学した。無理して高い服を買ってあげた。とても喜んでいた。「ありがとう、大切にする」
「うん、また買ってあげるよ」
ミサに何か買う時が、1番幸せだ。その為に働いている様な物だから。ミサは僕の宝物。自分より大切な存在だ。
僕はタクシー運転手をしている。少し前は給料が安く、大変だったが、今は給料がいい。タクシー運転手になる人が減ったからだ。確かにタクシーの仕事は大変だ。お客さんから、めちゃくちゃな要求をされる事もあるし、酔っ払いも乗ってくる。椅子を蹴られる事もある。若い人ではまず無理だろう。
妻とは、2年前に離婚した。原因は僕の給料が安い事だ。妻は医師をしていた。確かに医師と、タクシー運転手では比較にならない。タクシー運転手でも、長距離のお客さんをバンバンとる人は、月100万を稼ぐ人がいるが、それも才能のだ。もちろん僕には、そんな才能がない。
なぜ、僕の方が給料が安いのに、ミサの親権が僕にあるのかというと、妻が仕事が忙しく、ミサの面倒を見れないからだ。
「お父さんと一緒がいい」
「本当か❓」
「うん」
小さなミサはハッキリ言ってくれた。
あの時は、嬉しかったなあ。その時まで、仕事にやる気がなかった僕も、出来るだけミサに、いい生活をさせ様と真剣に仕事に、取り組む事にしたんだ。
長距離のお客さんが、乗車する場所、時間帯を徹底的に調べた。指名をもらえる様に、お客様と積極的に会話し、話題を増やすため、毎日3社の新聞を読んだ。
3ヶ月経つと、努力はすぐに結果になり給料は、倍になった。これでミサと旅行に行ける。そう思った矢先だった。突然、酷い腹痛に襲われた。救急車を呼んだ。到着する前に、吐血した。初めてだった。診断の結果は、胃に腫瘍が出来ている、との事だった。検査をして、悪性なら「癌」という事になる。
「何で今なんだ」
僕は、病院のベットの上で呟いた。せっかく仕事が上手くいき、ミサともこれからという時に、、、、
無理をしたせいだろう。今までロクに本さえ読んでこなかったのに、急に新聞なんて読んだから。でも、もう少しで、元妻の給料に追いつく。それが一つの目標だった。こんな所で、病気になっている暇はない。
検査の結果「悪性」だった。だけど、レベル2で、まだあまり進行しておらず、薬で対処出来ると言う事だった。
「こんな早い段階で、見つかるのは運がいいですよ」禿げた担当医は言った。確かに、胃癌と言う言葉からは、「死」を連想される。とりあえずいのちに関わる状態ではない事に安心した。
2週間経ち、退院することになった。
これでまた、タクシーに乗れる。ミサとも一緒に暮らせる。僕は張り切っていた。
「しばらく事務所の事をしてもらう」会社に着くと突然言われた。何でも退院したばかりの人間を、すぐに運転させる訳にはいかないという。確かにお客さんの命を預かる仕事だ。健康状態は万全である必要がある。
自宅に帰ると、真っ暗だった。
「ミサ、」次の瞬間、「お疲れ様」クラッカーが鳴った。ケーキがおいてあった。「どうしたんだ」「お小遣いで買った」小さなショートケーキ。でもこの時食べたケーキが、生きてきた中で1番美味しかった。
「ありがとう」そう言うと、トイレに行き、ただ泣いた。
1ヶ月が経った。やっと今日からタクシーに乗れる。遠距離の場所に行く。全くお客さんがいない。どうやら、場所が変わったらしい。休んでいる間に、指名をもらっていた、お客さんも、すっかり離れていった。また一から出直しだ。
次の日、遠距離の違う場所に行く。沢山のお客さんがいる。運良く京都までの、お客さんを乗せる事が出来た。女の人で、車内でも、AKBの話で盛り上がった。次から指名してくれる事になった。
帰り道の途中で、ケーキ屋に寄った。ミサが大好きなモンブランを買った。
自宅に着くと、ミサは寝ていた。僕はケーキを枕の横に、そっと置いた。
次の日も、長距離の場所に向かった。なんと福岡のお客さんを乗せる事が出来た。僕は途中でミサに電話をかけ「今日は帰れない」と伝えた。道中でお客さんと色々な話をした。教師をしているという。最近の親はすぐに学校に文句を言うらしい。僕の子供の頃には考えられなかった事だ。それでいて、何かあると学校のせいにする。全く困った時代である。
福岡に着いた。お客さんは「ありがとう」と言い、カバンから栄養ドリンクを取り出し飲み干した。僕は博多の屋台で、とんこつラーメンを食べた。お土産屋により、ミサにもラーメンを買った。帰ったのは、昼間だった。疲れたので、自宅に入ると風呂に入り、すぐに眠った。
起きると、ミサが小学校から帰ってきた。ミサも、もう6年生、来年は中学生だ。今まで良い父親だったろうか❓時々不安になる。
「父さん、博多どうだった❓」
「うん、楽しかったよ」
「屋台は❓」
「とんこつラーメン食べたよ。お土産もある」
「やった。今日はコレ夕飯ね」
ミサは、とんこつラーメンを美味しそうに食べていた。タクシー運転手をしていると、色々な所に仕事で行く事が出来る。それが魅力だ。
次の日も、長距離の場所に行った。短距離で、何人も乗せるより、1人長距離を乗せる方が良い。今回のお客は、大阪までだった。
「また、ミサに美味しい物が買える」
嬉しかった。
お客は、たこ焼き屋を営んでいるという。「着いたら、たこ焼き食べて行ってよ」「はい」早くも、ミサのお土産が決まった。車内では、お客の子供のことが、話題になった。高校生で言うことを聞かないと言う。
「どうしたら、良いのかねえ、困ってるんだ」「すいません、ウチの子はまだ、小学生でわかりません」「そう、それくらいの時が1番可愛いんだよ」お客は、懐かしそうな顔をして笑った。
大阪に着いた。お客のたこ焼き屋に行った。木造の老舗だった。たこ焼きを6個頼んだ。「上手い」生まれて1番美味しいたこ焼きだった。
「たこ焼きを、20個下さい」お土産にします。お客はたこ焼きを丁寧に包んだ。お金を払おうとすると「いいよ、貴方からはお金は取れない」そう言って笑った。「ありがとうございます」心から、そう言った。
東京に帰る途中だった。運転中に激しい頭痛が襲ってきたのは。途中でタクシーを止めて救急車を呼んだ。その後意識を失った。
気がつくと病院のベットの上だった。機械が沢山つけられている。頭が酷く痛い。しばらくして医師がきた。
「運が良かったですよ、もう少しで命が危ないと所でした。緊急手術を行いました」
「くも膜下出血です。しばらくは絶対安静です」
「ここは何処ですか?」
「大阪大学病院です」
そうか、まだ大阪から出ていなかったんだ。
「電話をかけさせて下さい」
「ダメです」
「じゃ、娘に連絡してもらえますか?」
「わかりました」
僕は、そう言うと勝手に眠っていた。
次の日、起きると頭が酷く傷んだ。ナースコールを押した。
「しばらくは痛みますよ。オペ後ですから」
「わかりました」そう言うと、また眠りについた。起きると外は暗くなっていた。そういえば何も食べていない。手術の後は、しばらく食べれないのか?ミサは何をしているのだろう❔それだけが、心配だった。
「朝食です」目覚めると、ご飯が運ばれてきた。お粥だ。でも、とても美味しかった。頭はまだ酷く傷んだ。一体どれ位入院したら良いのだろう❔いつ退院出来るのか❔
朝食を食べ終わると、また眠りについた。目覚めると、ミサがいた。
「お父さん大丈夫❔」
「うん、、、、、どうしたんだ❔」
「心配できたよ、」
「学校は?」
「しばらく休む」
「そうか、ありがとう」
ミサとは、逆の方を向き、泣いた。
「病室に泊まるね」
「ご飯は?」
「病院の中のレストランで食べたよ」
「お金は❔」
「大丈夫」
「カバンをとってくれ」
僕はカバンから、3万円をミサに手渡した。
「美味しい物食べて。大阪は食べ物、美味しいぞ」
「わかった」
ミサは大阪で、たこ焼きを食べた様だ。お土産を買ってきたが、食べられなかった。
数日が経ち、医師に呼ばれた。検査結果が出たのだ。
「術後の経過が良くありません。しばらく入院が必要です。」
「しばらくとは、どれ位ですか❔」
「まだ、わかりません」
僕は焦っていた。タクシーに早く乗りたかった。早くお金を稼ぎたかった。ミサと2人で住む家を買いたかったんだ。
「お父さん、大丈夫❔顔色が良くないよ」
「大丈夫だよ。」
全くミサには隠し事は、出来ない。
「学校大丈夫なのか❔」
「大丈夫、あと1週間休むと言ってあるよ」
「そうか」
「一緒にいるよ」
ミサがいるのは、嬉しいが不安が消えない。頭の痛みが全くとれないからだ。頭の中でうるさいロックが鳴っている感じだ。
入院して、1週間が経った。やっと普通のご飯が食べられる様になった。ご飯がこんなに美味しいとは思わなかった。ミサは慣れない生活で疲れている様だった。
「ミサ、もう帰っていいよ」
「何で❔」
「疲れているだろう、お父さんは大丈夫だ。」
「本当❔」
「ああ。」
「わかった、じゃ明日帰るね」
翌日、ミサが帰って行った。やはり寂しい。医師に呼ばれた。
「頭痛はどうですか?」
「変わりません」
「もう一度検査をしましょう」
すぐに検査が行われた。
数日後、医師に呼ばれ「結果が出ました、以前とは違う場所から出血しています。すぐに手術が必要です」
「えっ、すぐですか?」
「命に関わります、明日行います」
「わかりました」
翌日、手術が行われた。
目を覚ますと、真っ白な天井があった。2、3分経っただろうか?静かにドアが開き、医師が現れた。
「手術は成功です。ただ思ったより出血が酷く、後遺症が出るかも知れません」「後遺症って何ですか?」「まだ断定できませんが、手足が不自由になるかも知れません」「えっ」ショックだった。タクシーに乗れないということか、、、、
その夜は眠れなかった。タクシーに乗れなければ、一体どうやってミサを養えばいいのだろう❔ミサの顔が浮かんだ。声を出して泣いた。
朝日が昇ってきた。悲しくても朝は来る。頭痛は前より酷くなっていた。絶望で何も考える事が出来なかった。管を繋がれた身体は、僕の心と同じだった。しばらくして、ようやく眠る事ができた。
「まだ、こっちに来てはいけないよ」
じいちゃんだった。優しくて神様みたいな人だ。
「僕はどうなるの❔ミサはどうなるの❔」「わからない。一生懸命、真面目に生きるしかない」そう言うと、じいちゃんは消えた。
次の日、看護師に頼んで、会社に入院が長くなる事を伝えてもらった。
正直、よくなる気がしなかった。絶え間なく頭痛が続き、吐き気もする。いつ食事が取れるかもわからない。またミサに会える、それだけが希望だった。
次の日も、次の日も何も変わらなかった。繋がれた管は残酷に佇んでいた。
「もう死にたい」そう思う様になっていた。おそらくミサがいなければ、もう諦めていただろう。病院に長くいると気分が落ち込んでくる。幼いうちに癌になる子は一体どんな気持ちなのか❔そんな事を考える様になっていた。
「頑張れ、頑張れ」
また、じいちゃんが目の前に現れた。
「もう無理だよ」
「大丈夫、お前なら」
そう言うと、また消えた。
1週間経っても、管が取れず、食事さえ摂れなかった。楽しみがない。テレビも見えない。窓から見える景色の色が、無情に変わるだけだ。
2週間経った。やっと管が取れた。食事が食べられる。粥が出てきた。信じられない旨さだ。ミサも来てくれた。
「お父さん大丈夫❔」
「うん」
「いつ退院出来るの❔」
「まだ、わからないよ」
「わかった」
ミサは、寂しそうな顔をして下を向いた。
「今日帰るから」
「気をつけてな」
ミサと会えない日々は辛い。何より、いつ良くなるかわからない。この日々はいつまで続くだろう。
次の日、医師から話があった。
「調子はどうですか?」
「あまり、良くないです」
「長くなります。気を落とさないように」
「わかりました」
窓を見ると、雨がゆっくりと降っていた。雪に変わりそうなくらいだ。
僕はこれからの事を考えた。多分、もう長く生きられない。ならミサに何をしてやれるか。それが大事だ。お金以外の何かを、、、、
思えば、今まで立ち止まる事なく生きていた。ミサがいたから、生きてきた。ミサだけには幸せになってほしい。そのためなら、なんだってやってやる。
2、3日後、激しい頭痛に襲われた。ナースコールを押した。看護師が飛び込んできた。
「大丈夫ですか?」
「頭が痛いです」
「先生を呼びます」
僕は意識を失った。
緊急手術が行われた。
次の日、目が覚めると医師が横に立っていた。
「出血が酷いです。やれる事はやりましたが、2、3日が勝負です」
「勝負って❔」
「覚悟する必要があります」
「、、、、」
僕は、ミサの顔を思いだしながら泣いた。確かに、この頭の痛みは普通じゃない。今までとは違う。いつどうなってもおかしくない。
「ミサに会いたい」そう口に出し、目を閉じた。
次の日、目を覚ますと、また管が繋がれていた。目もよく見えない。
「死ぬのか?」
そう思った。頭の痛みは、相変わらずで、体も動かす事が出来ない。言葉を発する事も出来ない。
せめて、ミサが来るまでは生きていたい、、、、
ミサが来た。
「お父さん‼️」
涙を浮かべていた。僕は返事をする事が出来ない。
「嫌だよ、1人にしないで」
返事が出来ない。ミサが手を握ってくれた。握り返す力もない。
「お父さん、嫌だよ、お願い」
頬を涙が伝っているのが、わかった。泣く事は、まだ出来る様だ。
「ミサ、お父さんは幸せだったよ。ごめんな。でも元気に生きて欲しい。お金は大丈夫だ。お父さんの貯金があるし、保険金もある。大学に行って欲しい。やりたい事をやって欲しい。男には気をつけろよ。結婚は焦らないでいい。ミサの子供を見たかった。でも天国から見ているよ。いつまでも一緒だよ、さよなら、ミサ」
空から光が降りてくる。僕は体から魂が抜け出し、空に登った。花達が迎えてくれる。
やるだけやった。だからいい。あとは天国でタクシーを運転するさ。じゃあな、元気でミサ。まだ会おう。
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