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☆
『カスミ、待ってるからね。腹へったぞ』
無事に仕事を始めたカスミのスマホを、今日も仙人氏からのメールが鳴らす。
仙人宅はすぐに改装されてキッチンやトイレが出来た。今ではカスミの頭はリスの座布団だ。
そして時々は動物達を置いて、二人で出掛ける様になったのだ。
「おまたせ!ごめんね遅くなって。もうめんどくさくてさ」
「お仕事お疲れ様。なあカスミ、今日はラーメンなるものを食してみたいのだが」
「チャーシューとか大丈夫なの?」
「いざとなったら俺は動物達に食われてやる覚悟だからな。お互い様だろ」
「そ、そうなの?じゃあ就職祝いに」
就職。
ある日二人が出かけた時に、たまたま大規模なビル火災のニュースが入った。
人のためなら面倒臭い事などないと、すぐに駆け付けた彼の技に、消防隊員達は奇跡を見た。
本気で放った彼の拳は炎や煙を吹き飛ばし、逃げ遅れた人々に立ち上がる力をも与えたのだ。
まさに仙人、千人力。
今度は胡散臭い連中ではなく、男臭さムンムンの正義のレスキュー部隊から是非とスカウトされた仙人氏。
親子二代に渡る夢はきっと叶う事だろう。
「カスミ、ありが……」
「えっ?」
「……いやその。腹へったな」
こんな屈強な人物でも腹は減る。
そして空腹とは弱みだ。
もう動けないと言う事だ。
それを平気で笑って言える相手がいる。
それを満たしてあげられる相手がいる。
嗚呼。なんて面倒臭くて、なんて幸せなのだろう。
面倒臭くて感謝を上手く口に出来ないが。
仙人氏は失われた人生の味わいを取り戻したのだ。
ただ、カスミはちょっと悩んでいる事がある。
仙人さん、で通じるとは言え、水臭い事に実は未だに彼の名前を聞いていないのだ。
どうしよう。今日こそ聞いてみようかな。
でもなあ。やっぱりそんなの……
……照れ臭いじゃないっ!
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