LOST TASTE

2/13
前へ
/13ページ
次へ
プスン、と不満を叫んだきり動かなくなった愛車の運転席で、カスミはもう無駄な抵抗を止めた。 「あーもう、めんどくさいよお」 せっかく今日は凄ーくやる気になったのに。 よーし仕事を始めるぞーと面接に向かう途中だったのに。 ルームミラーに映るのは、久しぶりにばっちりメイクしたのに泣きそうな二十代前半の女子。こんなにかわいくしたのにもったいないなあ。 特に買いたい物もないが、お金は持っていて損はしないし、やる気になったら頼むからどうかお願いだから何か仕事をしてくれと、偉い人も言っている。 しかし車が故障してはどうしようもない。幸い、惰性が残っているうちに路肩に寄せる事が出来た。通行量もごく少ない山のふもとの、道幅も広い田舎道だ。しばらくこのままでも迷惑にはならないだろう。 それにここは比較的真面目な人が多い国、日本だ。迅速さが売りのドーロサービスにも連絡したのだから、半日も待てば多分助けが来るはずだ。 季節は春だし天気も良くて気持ちいい。車の中はぽかぽかだ。 面倒臭いからしばらく寝ていようかな、と細い体をシートに預けると…… 「わあ」 鹿だ。雄の鹿が車の窓からカスミを覗いている。 思わず体を起こすと、鹿の他にもリスやきょん、イタチ。かわいいけどちょっと怖い連中が車の周りをうろうろしているではないか。 そう言えば、この山には仙人が住んでいると聞いた事があった。 食事の準備が面倒臭くて、霞や雲を食べて暮らしているとか…… カスミって私の事じゃん、なんてね。 等と思っていると、今度は車が大きく揺れた。 「ええっ!?」
/13ページ

最初のコメントを投稿しよう!

49人が本棚に入れています
本棚に追加